INTERVIEW:

THA BLUE HERB

 

 
■O.N.Oさんとしては、今回のビートの選択はどのように進められましたか?
 
O.N.O「HIP HOPを今まで以上に意識したかもしれない。エレクトロニックな素材もあまり使わず、聴いてて想像できる楽器をメインに使うようにした。サンプリングではないけど、サンプリング的な組み方で、ワンループから自由に変化させていったりとか。そういうのはビートも含めて、強く意識してたかな」
 
 
■今回、ビートのループ性というか、いわゆる“トラック”性が非常に重要な要素になってますね。Aメロ→Bメロ→サビと曲調がガラッと変わるのではなく、変化しながらもそれがシームレスに繋がっていく、というか。
 
O.N.O「BOSSはAメロ→Bメロ→Cメロって展開があるトラックを好むから、それをHIP HOP的な解釈で如何に展開させていくかは、今回すごく意識して。そして、トラック的にもあんまり情報を詰め込み過ぎないで、リリックが素直に入るようにっていうのは、いつも以上に意識したね。今回は30曲あるから、あまり焦らなくてよかったのも大きい。10数曲の中でアレもコレも入れたい、じゃなくて、曲数が多い分、曲毎の関係性やバランスを気にするよりも、1曲毎に注力して、濃く強くして、それが打ち出せたことが、今回の手応えとして大きいね」
 
 
■“LIKE THE DEAD END KIDS”で「FREE」という言葉を強調されていますが、自由であるためにインディペンデントである、というのも、TBHが貫いてきたことだと思います。
 
ILL-BOSSTINO「自主制作でやってるのも、札幌にいるのも、全てそうだよね。自由でいたいから。世の中のあれやこれに何かを言うのも、自由でいたいからこそのことだと思う。パスポートもなければこの国から出られないような囚われの身ではあるけど、それでも、『どこまで自由でいられるか』ってことを追求してるし、リスナーにも自由を促したい。みんな好きに生きるためにはどうするべきか、それを考えてほしい、というかね。ただ、自由っていうのは難しくてさ。自由を追求したら、誰かの機嫌を損ねちゃったり、傷つけたりすることもあるわけで、自由にやるっていうのは難しいことだよ。だから、手前勝手に何でもかんでも発言すればいいってわけじゃない。いろいろ学んで、知性を使って、自由に振る舞うことが大事だよね」
 
 
■同時に、それ故の“マイク稼業”のシビアさも、全体に通底するトーンではありますね。しかし、そこで脱落者を切り捨てるのではなく“LIKE THE DEAD END KIDS”での「去ってくなら去ってく者の歌を去ってく者が歌えばリアルなんじゃねって思っただけだ」という言葉のように、救いのようなセンテンスが入りますね。
 
O.N.O「俺も大好き。あのリリック」
 
ILL-BOSSTINO「うまくいかない状況を歌って『これ、俺のこと言ってるな』で終わっちゃ俺の好きなHIP HOPじゃないからね。『……それでも』って思わせるモノを、やっぱり提示しないといけないと思うし、それが俺の中のHIP HOPの基本。やっぱり悲しいことは多いし、それが人生だよ。でも、それで終わらない、『だけど、乗り越えていく』ってラインをちゃんと込めるのが、俺にとってHIP HOPだからね。ZORNのように、仕事しながらでも、子育てしながらでもラップは書けるし、別にメジャーと契約しなくったってHIP HOPは余裕で出来るんだよ。それは俺たちも証明してきたこと。もっと言えば、別の仕事しながら、ストラグルな状態でリリック書いてるヤツのほうが正義だよ、俺なんかより。本当にそう思う。だからこそ、俺はその倍はやらないとダメだとも思うよね」
 
 
■そういった思いは“介錯”の「店閉めて/ネクタイ締めて/頑張ってる奴に半端な音は聴かせられねえ」といった言葉などに散見されますね。
 
ILL-BOSSTINO「朝から仕事して家族を養って、それでも空いた時間にリリック書くって……最も創作に適した時間だよ。そこでしか書けねえ、お前の書くライン、なまら本物。辞めるとかじゃなくて、『そこで一曲書いたら一発逆転できないか?』ってさ」
 
 
■今回のリリックは、構造としてみると複雑に構築された部分もありますが、センテンスにおいては非常に明快ですね。
 
ILL-BOSSTINO「シンプルだと思う。難解な表現をするってことには、今は興味がないね。それに、やっぱりライヴで伝えるためには、明確な言葉がいいと思う。でも『とにかく分かりやすく』なんてことは思ってない」
 
 
■噛んで含んで、という表現ではありませんね。
 
ILL-BOSSTINO「そこもバランスだよね。その匙加減は昔より考えてる」
 

 
■“REQUIEM”や“THERE’S NO PLACE LIKE JAPAN TODAY”など、ポリティカルさや歴史観を提示する部分も今作では印象に残ります。しかし現状、そういった発言をする“コスト”というのは、SNSの発展などとリンクして、非常に高くなっていますが、それでもそういった言説をラップに乗せる理由は?
 
ILL-BOSSTINO「書かざるを得ないってだけだね。『それ、違うんじゃね?』って思ったら言わないと。黙ってるとYESになっちゃうしさ。でも、2枚組の妙っていうか“THERE’S NO PLACE LIKE JAPAN TODAY”だけを聴くと、いわゆる反体制、ちょっと左側の視点って感じる人もいるかもしれない。その次の“REQUIEM”を聴くと保守的だったり、右側って感じる人もいるかもしれない。そういう風に、自分の中に相反するものがあって、それが自分の愛国心であり、国家との結びつきだと思うんだよね。その思いを簡単に切り分けて言い争いしてる人たちもいるけど、俺の中では両方の感情があるし、そんな簡単なものではない。だからこそ、左だけなら左だけ、右なら右だけの表現で留まって表現してしまうと曲解されるし、危うい表現になってしまう。でも、曲数が多いことで両方の感情をアルバムに入れることが出来た。それはこの2曲だけじゃなくてね」
 
 
■それは“HIGHER ON THE STONE”の「愛し憎む/憎み愛す/我が祖国」という言葉で回収されていますね。そういった相反する感情という意味では、フッドである札幌のことを描きながら、一方で放浪者であったり、マージナルな存在であるとも自分を規定したり、願望していることも興味深いです。
 
ILL-BOSSTINO「そうだね。『それが俺だ』って定義してるんだろうね」
 
 

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