INTERVIEW:

BUPPON/KOJOE/illmore

「パンチラインとかって、自分の中に元々あるモンなのに、自分の意思では引き出そうと思っても引き出せない不思議さがあるんですよね。だから、これまではそれ待ちだった部分があったから、リリックを書くのが遅かったです。だけど、『それじゃダメだ』ということで常に向き合い続けました。多分、この1年は今までのラッパー人生の中でも一番曲を作った年だったと思いますね」 -- BUPPON

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LtoR:illmore/BUPPON/KOJOE

 
 
 大都市/地方 — 地元がどこであろうが、“インディペンデント”で活動するということは、クリエイティヴ面での自由が保証されている一方、そのクリエイティヴ面を担うブレーンがアーティスト自身やアーティスト周辺の限られた人脈に限定されてしまいがちで、ある種「井の中の蛙」のような状態にも陥りやすいし、大胆なヴィジョンの更新や転換を妨げてしまう危険性も孕んでいる。日本のHIP HOPでは、これまでも数多くのアーティストが自主ベースで素晴らしい作品をリリースしてきたが、その中でどれだけのアーティストが継続的にクリエイティヴなマインドを更新していき、長いキャリアに繋げられたか?と問われれば、全体数を考えると一握りの数になってしまうのではないだろうか。
 
 山口県を拠点に、2000年代後半からキャリアを積み重ねてきたMC:BUPPONは、主宰レーベル:AXIS RECORDSから数枚のアルバム/EPを発表してきた。2015年にはTHA BLUE HERBのILL-BOSSTINOがtha BOSS名義で発表した初のソロ・アルバム「IN THE NAME OF HIPHOP」に客演で抜擢されたことからも分かるように、そのリリシズムが好事家/アーティストから高い評価を受けてきていた。
 
 一方で近年のBUPPONは、大都市に比べると情報量/活動範囲という意味でも限定されてしまう地方のアーティストが持つハンデを感じつつ、自主で活動を続ける上でのヴィジョンの更新/拡大という部分も含めた成長を欲していたのだと思われる。今作「enDroll」は自主制作ではなくP-VINEからのリリースであり、ここ数年交流を深めていき、近年はプロデューサーとしても優れた感覚を発信し続けているKOJOEをエグゼクティヴ・プロデューサーに招いている。結果、今作はBUPPONが築き上げてきたリリシストとしての魅力を損なうことなく、大幅なイメージの更新を果たすことに成功している。
 
 今回は、BUPPONに加え、KOJOEと今作のトラックを全て手掛けた気鋭のビート・メイカー:illmoreも同席して頂き、今作に至るまでの経緯や、三者が有機的に絡み合って生まれた「enDroll」の制作行程などについて語って頂いた。
 
 
■まずは今作の主役であるBUPPON君にフォーカスさせてください。キャリアとしてはかなりの年数ですし、僕も最初にBUPPON君のことを認識したのは初期『UMB』に出場していた頃だったと記憶しています。出身は山口ですが、具体的にどんなエリアなんですか?
 
BUPPON「防府市というところに住んでます。山口だと下関とか萩とか岩国が名前的には知られていますけど、県庁所在地の山口市が県の真ん中にあって、防府は山口市の南側ですね。ホント、のほほんとしてる街です。住みやすすぎてダラける、みたいな(笑)。県内の人でもあまり来ないような街なんですよね」
 
 
■いつ、どのようにして山口でHIP HOPの呪いにかかったんですか?
 
BUPPON「17歳、2002年ぐらいの頃、(地元で)B・ボーイの格好が流行ってたんですよね」
 
 
■2000年代前半ということは、オーヴァーサイズな感じのファッションですね。
 
BUPPON「そういう格好が流行ってて。僕は元々ミクスチャーとかを聴いてきてて、バンドをやりたかったんですけど、バンドをやるには楽器を弾ける人を揃えないといけないから出来ないでいる内に、地元にストリート・ファッション系の服屋が出来て、そこの店長とかからHIP HOP/日本語ラップを教えてもらったんですよね。そういう格好をしだした頃はSNOOP DOGGとかウェッサイを聴いてて。で、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDの1stアルバムを教えてもらって、それにハマりましたね。全曲、丸々歌えるぐらい、ずっと聴いてました」
 
 
■マイクを持つようになったキッカケは?
 
BUPPON「その服屋とは別の店のお客さんにDJの人がいて、その人にミックステープを聴かせてもらってる内に、その人が回すイヴェントに誘われて、それで初めてクラブに行きました。そのクラブは、外人しかいないようなクラブだったんですけど、そのDJの人に『(サイドMCとして)マイク持ってみる?』って言われたんですよね。一緒に行った仲良い友達が先にマイク持って、『YO YO』とかしか言ってないのに(会場が)上がっちゃったんですよ。それを見て悔しくて僕もやったのが、最初にマイクを持ったキッカケですね。その後、『次にイヴェントやるときまでに曲を作ってきて歌ってみたら?』って言われたんです。それで初めてライヴをさせてもらって。その頃のラップは覚えてますけど……ヒドイっすね(笑)。ウソしか言ってなかった(笑)。最初に書いた曲はウェッサイノリで、高校生で免許も持ってないのにインパラがどうの、とか言ってたりしてました(笑)。その後も、機会がある度にイヴェントに出させてもらったんですけど、一緒にやってた相方が半年ぐらいで飽きちゃって。でも、自分はどんどん面白くなってきて、自分でもイヴェントをやったりするようになりました。レゲエのCRYSTAL MOVEMENTにいたシンガー:REILIさんが山口の人で、REILIさんが山口に帰ってきてお店をやってて、そのお店主催のイヴェントで当時、ニトロや雷家族とかを呼んでて、COSMOっていうハコで500~600人入るパーティをやってたんですよ。僕らも高校生の頃にそのイヴェントに行ってて、『あのステージに立ちたいな』と思ってそこの門を叩いて。だから、REILIさんとも師弟関係みたいな感じでやってた時期もあったんですよね」
 
 
■『UMB』の全国大会に出場したのっていつでしたっけ?
 
BUPPON「2008年ですね。大阪で開催されたときです。『UMB』には2007年に初めて出たんですけど、そのときは負けちゃって、翌年に初めて全国大会に行けた。フリースタイル/MCバトルのことは『BBOY PARK』でやってた頃から知ってて、漢さんが好きだったから、その人が始める全国規模のMCバトルっていうことで、『こんなチャンスはないな』と思ったんです。当時はやっぱり、自分たちをどう発信していけばいいのかも全然分かってなかったから、『名前を売る手段として使わな』って。山口には予選がなかったから、例えば広島や福岡予選まで行かないといけないじゃないですか。でも、そこで勝ったら結構凄いことだし、同時に地元のヤツらも黙らせることが出来て一石二鳥やと思って出てた、って感じです」
 
 
■じゃあ、バトル/フリースタイルに対するスタンスは、今作にも客演しているYUKSTA-ILLに近いですね。
 
BUPPON「そうですね。もちろん、当時『UMB』が流行り始めた部分もあったし、サイファーを地元でやってたりもしました。でも、今でもサイファーをするか?って言われたらしないし、長いことバトルに出続けようという気もなかったですね。2008年は般若君が優勝してて、それを客席から見てたら、同じようなことを言ってても(言葉の)強さが全然違うのを見せつけられて。結局、近道をしようとしてたのに『近道、ないわ』と思っちゃったんですよ。言ってる言葉の重みが違ったし、般若君が『俺はライヴというバトルをずっとしてきた』と言ってたのを聴いて、『やっぱそうだよな』と思って、『ちゃんと歩いていかなきゃダメだ』というのに気付いたんで、そこでバトルは一旦区切りを付けたんです」
 
 
■2011年に「蓄積タイムラグ」を発表して以降、これまでに1枚のEPと2枚のアルバムを発表しています。この約10年の自分のキャリアを振り返ると、どんなことを思いますか?
 
BUPPON「自分的にはずっとやってて止まってもなかったんですけど、ここ3年と比べるとそれ以前は『サボってたな』と思ってしまうぐらい、30歳を過ぎてからの方がスピードも上がって活動できるようになってきたと思います。だから、20代の頃はまだ調子こいてたのかな、って」
 
 
■そのスピードの変化は何で生まれたんだと思いますか?
 
BUPPON「なんでですかねぇ……」
 
KOJOE「(自分の胸をパンパンと叩く)」
 
BUPPON「KOJOE君との話は後でまた話しますし、そこもすごく深いんですけど(笑)。最初の頃から自信があったから、それなりに(状況を)変えていけると思ってた部分があったんです。だけど、現状がなかなか変わらなくて、少しずつしか変わっていかなかったから、『コレじゃあちょっとやっていけねぇな』っていう時期が続いていたので、この数年ギアを上げ始めたのかもしれないです」
 
 
■BUPPON君は、ILL-BOSSTINO(tha BOSS)のソロ・アルバム「IN THE NAME OF HIPHOP」にも参加していたり、以前から実力あるアーティストやマニアからは高い評価を得ていたと思います。一方、地方で活動を続ける上でタイムラグや大都市と地方との格差などから、「自分に正当な評価が与えられていない」とフラストレーションを感じていた部分はありますか?
 
BUPPON「当然、そう感じていた部分はありますけど、振り返ってみると自分のこと自体を知らない人がまだ多いな、ということも分かって。だから、良い悪いの前に『知らない』っていうのが圧倒的多数だと思うんで、そういうことを言えるのは、自分のことをもっと知ってもらってからかな、と思います。今作は、KOJOE君やillmore、P-VINEのおかげで、今まで自分のことを聴いたことがない層に当てられると思ってますし、そういうこと(フラストレーションについて)を言うのはそこからかな、って」
 
 
■確かに、今作でもそういったフラストレーションを吐露しているリリックはないですね。
 
BUPPON「今の自分の活動とこれまでを比べてみても、『アレじゃ知られてなくてもしょうがなかったな』って思う部分もたくさんありますし。今作は3枚目のアルバムなんですけど、気持ち的には1stアルバムです。だから、今作ではこれまでのキャリアについてはあまり歌ってないですね」
 

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