INTERVIEW:

梅田サイファー

 

 
■今回、インタビューに参加して頂いた皆さんの参加経緯を通して梅田サイファーの沿革を語って頂きましたが、「Never Get Old」をはじめとする作品に参加したメンツはもっと沢山いますね。では、今までに梅田サイファーに参加した人数はどれぐらいになりますか?
KZ「まったく把握できないし、恐らく何百人っていう数じゃないですか?」
 
KBD「一回来て二度と来なかったのを含めたら、それぐらい行きますね」
 
KZ「最盛期はほぼ全ての土曜日だから、年に50回はやってたし」
 
KBD「突発的に平日にやるときもありましたよね」
 
R-指定「台風があっても意地になってやってたり」
 
KZ「『ビビッてるん?』みたいな(笑)」
 
OSCA「イヴェントにもサイファーやってから行く、みたいな」
 
R-指定「サイファーの途中にメシ食いに言って、食って戻ってまたラップするって感じでしたね。でも、やっぱり『そこまでやりたくない』って人もおるし」
 
KZ「スタイルも変則的なんですよね。8小節で回し合う、みたいなお約束じゃなくて」
 
KennyDoes「2小節とかでも奪われる」
 
KBD「だから、“回し合い”じゃなくて“奪い合い”(笑)」
 
KennyDoes「ちょっとでもダサイと思ったらガンガン奪いにいって」
 
peko「初心者の若い子とか一撃で粉砕されて、二度と来なくなったり」
 
OSCA「ふぁんくさんは名指しやからね。俺は『お前ラップ下手すぎ、消えろ』って言われた(一同爆笑)」
 
OSCA「マジで怖かった」
 
R-指定「ふぁんくさん、言葉が出てこなくて『エー、チェックチェック』って言ってたラッパーに、『さっきからお前は何を何回チェックしてんねん!』って切り捨てたり」
 
KOPERU「エグッ!(笑)」
 
KZ「生まれたての子鹿を容赦なく噛みにいくから(笑)。
 
ふぁんく「でも、それで来なくなった人は恐らくもうラップをやってないと思うし、そんな状況でも食らいついてきた連中は、今日みたいにいまだにラップをやってる。前者と後者で何が違ったかっていうと『本当にラップが好きだったか/好きじゃなかった』かやと思うんですよね」
 
KOPERU「……カッコええ(笑)」
 
KZ「みんな10〜20代の土曜の夜っていう人生のゴールデン・タイムに遊ぶんじゃなくて、『ラップをしたい』っていう連中が集まってるんやから、そらラップ好きですよ(笑)」
 
KennyDoes「俺らぐらいの『どぐされ文系』はおらんから」
 
 
■どぐされ……(笑)。
KennyDoes「オシャレでもなくサブカルでもなく、ただラップが好きでひたすらラップして、ずっとラップの話をしてる……っていう、腐った連中……(笑)」
 
OSCA「だから、そんな状況でも付いてくる人には、KZさんはメッチャ優しかった」
 
 
■だからか、メチャクチャ仲が良いですよね。今も賑やかすぎて隣家からクレームが来そうですが(笑)。
peko「先輩/後輩文化もないんですよね。KBDさんが一番歳上ですけど怒らないんですよ、ナメてても」
 
KBD「え、俺ナメられてたの?(笑)」
 
R-指定「GAGAは僕ら(R-指定/KOPERU/Kenny)より歳上ですけど、みんな呼び捨てですからね」
 
KennyDoes「僕が呼び捨てにしてるのは大親友だと思ってるから、ですけどね」
 
 
■そういえば丸く収まるとでも?(笑)。
KennyDoes「根底にはラップのリスペクトっていう部分が強烈にあるから、年齢とかがそんなに関係ないんですよ」
 
KBD「クルーやグループだったら、先輩/後輩になると思うんだけど、個人の集合体だからその概念がないんですよね」
 
peko「僕がイヴェント始めたのも、先輩にノルマ払ってライヴさせてもらうのがバカバカしかったんで、『じゃあ自分らで作るわ』っていう気持ちだったんですよね。その考えが梅田サイファーと近かったし、それが実際に成り立ったから上下関係がいらなくなった、というか」
 
KZ「僕個人としては、早い段階で『ラップで食う』ことは諦めたんですよね。生活がかかるといろんなしがらみが生まれたりするけど、生活がラップにはかかってない分、自分の好きなように、自分が幸せになる活動が出来ればよかったし、そこには上下関係は必要なかった」
 
ふぁんく「俺もラップにはハングリーだけど、『ラップで食う』ってことにはハングリーではないので」
 
R-指定「僕やKOPERUはラップで食おうとしてるし、いろんなイヴェントに出てるから関わる範囲が広いけど、結局『ラップに対してハングリーである』っていうのが一番重要やなって、梅田サイファーからはいつも感じますね」
 
 
■クルーやグループではないとは言え、2013年にはアルバム「SEE YA AT THE FOOTBRIDGE」をリリースします。
KZ「KBDの同級生にdio jっていうトラック・メイカー/エンジニアの人がいるんですけど、その人がやってるDFBRっていうスタジオがあって、そこで2009年ぐらいから毎週のようにレコーディングするようになったんですよね」
 
KBD「サイファーが23時ぐらいに終わって、そのまま車でDFBRスタジオのある奈良まで行って、軽く寝てから曲作りっていうのをひたすらやってたっすね」
 
KZ「そこで、みんなフリースタイラーからラッパーに変わったと思う」
 
 
■言わば、脳から直接出るラップじゃなくて、脳からノートに落としてどう書くか/構築するかっていう方向性を模索し始めた、と。
KennyDoes「『脳からノートに落としてどう』……メッチャ頭韻ですね(笑)」
 
ふぁんく「俺が鬼太郎やったらライム・アンテナ立ってたわ(笑)」
 
 
■R君とトーク・ショーをやってるおかげかな。完全に偶然だけど(笑)。言わば即興ではなく、「レコーディングされるものとしてのラップ」になっていったということですね。
R-指定「曲を作り始めて『上手いラップ』と『良いラップ』とは完全には一致しないということに気付いて、俺はそこでまたちょっと意識が変わったっすね。DFBRでレコーディングを始めなかったらそれは分からなかったと思うし、歌詞を書く大変さ、曲を録る楽しさにも目覚めていって、更にみんなラップが上手くなっていって。Kennyとかテークエムとかがメッチャ伸びた。被せとかそういう技術面も含めて、幅がとにかく広くなった」
 
KZ「フリースタイルをやってる人間って — 僕もそうだったんですけど — 『声が楽器である』ってことに気付きにくいんですよね。でも、レコーディングをするようになってその部分に気付けるようになって。だから、そこはひとつの転機でしたね」
 
 
■そして、梅田サイファーとしては2016年の「UCDFBR sampler Vol.2」のリリースや、各メンバーやユニットのソロ・リリースが展開され、今年1月には3rdアルバム『Never Get Old』がリリースされました。
KZ「梅田サイファーの中では停滞してた人もおれば進んでる人もおったんですが、梅田サイファーとして何かをするってことがほぼない時期が続いていて。そんなときに『過去の曲はもうやりたくない』ってふぁんくが言って『じゃあ新作を作ろうか』と。普段、梅田の舵取りは自分がさせてもらってるんですけど、今の梅田サイファーでは何が出来るのか/何をすべきなのかって考えたら『外に向いた作品を作ろう』って。『こんなに上手いのに、いまだに東京のシーンは俺らを無視してるし』っていう気持ちが俺の中にはあったし、だったらシーンに向けてちゃんとクラシックを作ろう、と。それは『見返してやる』って気持ちと同時に『シーンへの恩返し』という部分も含めて」
 
KBD「作ろうとするキッカケも1枚目〜2枚目とは違ってて。1枚目はKZが転勤で大阪を離れるから、ある意味では『思い出作り』的な感じ、2枚目はKZが帰ってきたんで『一緒にラップが出来る喜び』を盤にしようって、動機が内向きだったんですよね。だからこそ、その2枚は俺たちで全部取りまとめて、そこに挟持もあったんですよね。だけど、今回はLIBROさんやDJ松永、Jazadocumentみたいな外部のトラック・メイカーを迎えたり、レコーディング・スタジオも変えたりっていう変化があったんですよね」
 
 

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