INTERVIEW:

MANTLE as MANDRILL feat. BUDDHA MAFIA (NIPPS & CQ)

「なんか、曲が溜まったし、『逆にアルバムでもいいのかな?』と思って、後付けで気付いた感じです(笑)。トラックを作っていく内に、だんだんとラップが載った曲を作りたくなっていって。やっぱり、完成したときの嬉しさとか仕上がっていく過程が楽しくて、それでまた次の曲を作りたくなってくるんです」 -- MANTLE

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 NIPPSやB.D.らが関わり、イヴェントのみならず、一種のコレクティヴ/ムーヴメントのようなモノとしても捉えられるTHE SEXORCIST。イヴェント『THE SEXORCIST』に足を運んだり、実際にTHE SEXORCIST関連のアーティストの音源をチェックしている方は、MANTLEというプロデューサーの名前もご存知のことだろう。これまでも12インチやEPなどの形態で作品をリリースしてきたMANTLEだが、この度、初の全国流通アルバムとなる「365 of MANTEE THE SEXORCIST」をリリースした。
 
 サンプリング・ベースで組み立てられたMANTLEのビートは、今っぽい言い方をするなら“ブーム・バップ”と表現されるスタイルだろう。だが、彼のトラックが持つグルーヴ感と“黒さ”は、ただネタ物のレコードを多数所有していたり、90年代のサンプリングHIP HOPを深く聴き込んでいたからといって、そう簡単に出せるモノではない。「365 of MANTEE」を聴くと、ディテールよりもまず、そういった雰囲気/ムードの濃さに圧倒される。
 
 「こんなドス黒い音を作れる人が、インタビューで口数が多いワケがない(というか、むしろ逆に饒舌であってほしくない!)」という、筆者のよく分からない確信もあり、今回はソロ・インタビュー形式ではなく、今作収録曲の9割で何かしらの関与をしているNIPPSと、BUDDHA MAFIAでのNIPPSの相方であるCQに同席頂き、エクスクルーシヴな座談会を敢行。BUDDHA MAFIAと共にMANTLEの底知れぬ魅力を探った。
 
 ……が、最大限の敬意を込めて敢えて書かせて頂くが、THE SEXORCISTクルーがよく言うところの“ヘンタイ”が3人も集まってしまった本取材、一筋縄でいく筈がなかった!
 

 
■HIP HOPを最初に体験したのはいつ頃、どんなキッカケだったんですか?
MANTLE「最初は聴いてただけ、ですね。1993年とか、そんぐらいに。その頃からHIP HOPが好きで、そこからずっと聴いてた感じです。で、それで作り始めた感じです(笑)」
 
 
■だいぶ端折りましたね(笑)。93年というと、WU-TANG CLANの1stアルバムとかA TRIBE CALLED QUEST「MIDNIGHT MARAUDERS」とかが出た年ですね。やっぱりNY産のHIP HOPが好きだったんですか?
MANTLE「そうですね。WU-TANGの1stは当時、聴きましたね」

NIPPS「確かに!」

CQ「俺もそうだった」
 
  
■多分、ここにいるみんなが聴いたと思います(笑)。DJも早い頃からやるようになったんですか?
MANTLE「DJは、ターンテーブルとミキサーは持ってましたけど、部屋に置いてあっただけで特にやってなかったです。DJとして、というか、イヴェントに出るようになったのは2006年ぐらいからですね。MPCも持って行ってやったことがあって。それまではDJも人前ではしてなかったです」
 
 
■そんな後なんですね。現在に至るまで群馬県在住でしたよね?
MANTLE「そうですね。群馬のシーンとは近かったけど、現場にはあまり行ってなかったです。誰かが地元に(営業で)ライヴに来たときに行ってみたりとか、そんな感じでした」
 
 
■MPCをゲットしたのは2003年頃、とのことですね。
MANTLE「MPCでトラックを作れるし、『自分でも出来るかな?』と思って。そこからずっと夢中になった感じです。(トラックを組む前に)レコードからサンプリングばっかりしてネタを取り込んでましたね。で、それをループさせたりしてる内にトラックが出来上がっていった感じで」
 
 
■MPCを買う前からネタ物のレコードは掘ってたんですか?
MANTLE「MPCを買ったくらいの頃から買い始めましたね。音が欲しくなって、そこから70年代とかのレコードを買うようになって。サンプリングするようになってから、そういう年代のレコードを買うことが多くなりました。だから、ずっとDJというよりトラック制作の方に夢中だったんです。オリジナルなモノを自分で作りたかったから、(現場に)出ることはなかったですね(笑)。年齢的にも、自分よりもっと下の世代の人たちは知らなかったし。で、徐々にいろんな人と知り合って、MPCで自分のオリジナル・トラックを鳴らしながらセッションしたりとかを現場でするようになりました……ずっと、イカれてた感じですね(笑)」
 
 
■デミさん(NIPPS)と最初に会ったのはいつ頃なんですか?
NIPPS「何年だったかは分からないけど、中野でONE-LAWがやってたCRACKS RECORDSってレコ屋で初めて話したんだよね。その前も遭遇してたらしくて、その日のことはよく憶えてるんだけど、MANTLE君と会ったことは憶えてない」

MANTLE「ONE-LAW君のお店でレコードを買いに行って、ドアを開けてもONE-LAW君はいなくて、レジにデミさんがいたんです。それで、『あれ?まさかの』って(笑)。全然思いがけない感じだったから、ドッキリに遭ったみたいな感じですよ。で、そこから喋るようになって」

NIPPS「取り敢えず、『ROBERTA CRACK(NIPPSの変名)とCracks Brothersでクラック繋がりだから、俺、フックやるよ』って言って」

MANTLE「そうですね。それがアルバムに入ってる“BEAM ME UP SCHOTTY feat. Cracks Brothers, ROBERTA CRACK”です。そのタイミングでB.D.君とも“BOILING HOT feat. NIPPS & B.D.”を作ったんですよね」
 
 
■CQさんはいつ頃、MANTLEさんと繋がったんですか?
CQ「俺は多分、デミ経由。デミとよく一緒にいるから俺とも会うようになった。だから、最近だね。今もインタビュー聞いてて、知らないことがあって結構面白いもん。MANTLE君は基本、顔も出さないから、なんか聞いちゃいけない感じがしてた(笑)」
 
 
■MANTLEさんがトラックを作り始めた頃、参考にしてたプロデューサーはいましたか?
MANTLE「HIP HOPのビートを作ってる人たちの曲を聴いてました。基本、煙たい感じでロウな感じが好きでしたね」
 
 
■そうすると、RZAとかDA BEATMINERZあたりですかね?
MANTLE「そうですね、BEATMINERZも好きでしたね」
 

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