INTERVIEW:

GADORO

「俺自身、謙遜とかじゃなくてカッコ良い人間じゃないんで。例えば、全曲がずっと中指を突き立ててるようなアルバムだったら、ウソ付いてるみたいでイヤなんですよね。自分はダサくてドジな人間なんで。俺の場合は、自分にとって都合の良い“リアル”だけを出すのは違うんじゃないかな?って」

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 ラッパーがMCバトルにエントリーする理由は様々だろうが、その中でも最も多い理由のひとつが「知名度を上げる」や「アーティストとしてのキャリアに繋げたい」というものだろう。実際、そういった動機の通りにアーティストとして大きな飛躍を遂げる例が近年かなり増えてきたと思うが、その中でもバトルの実績/人気ともに、バトルを通して一気に注目株にまで名を上げたひとりがGADOROだろう。
 
 GADOROは、2013年からMCバトルに出場し始め、数年で全国クラスの強豪バトルMCとなり、2016年の『戦極MC BATTLE 第15章』や『KING OF KINGS 2016』で全国優勝。『フリースタイルダンジョン』での数度の露出も記憶に新しい。先日開催された『KING OF KINGS 2017』でも見事二連覇を果たしたが、本人の意識としては制作やライヴを主軸とした活動の拡大を目指しているようだ。
 
 実際、『KING OF KINGS 2016』全国制覇の3日後というタイミングでリリースされた1stアルバム「四畳半」は、ニューカマーとしては異例なレヴェルのセールスを上げ、大きな注目を集めることに成功。いちバトルMCから幅広い意味でのアーティストへ脱皮する上では理想的な滑り出しだ。そして、「四畳半」から僅か10ヶ月という短いスパンでリリースされた2ndアルバムが「花水木」だ。
 
 1stアルバムは「四畳半」というタイトル通り、狭い空間/フィールドで燻るいちMCとしてのGADOROの鬱憤やストラグルといった内面が前面に出た生々しい作品だったが、一方でレコーディング作品としては荒削りな側面も感じられた。だが、「花水木」では、彼の持ち味を損なうことなく、作品のクオリティを上げる上で必要な諸要素(音質/トラックのクオリティ/レコーディング技術など)で大きな成長を遂げ、「四畳半」以上にレコーディング・アーティストとしてのGADOROのポテンシャルと才能を感じさせる作品となっている。
 
 先日二連覇した『KING OF KINGS 2017』開催直前の年末というタイミングに収録された本取材。筆者も多くのリスナー/バトル・ファン同様、彼のイメージはバトルでの振る舞いや作品のリリックでのみしか知らなかったが、初めて対面したGADOROはバトルや楽曲の多くで聴ける攻撃的な印象はまったくなく、純朴で喋り下手な印象の若者だった。とは言え、アルコールが入ったら徐々にトークの調子を上げていってくれたので(笑)、彼のアーティスト観がよく伝わる発言を多く残してくれた。
 
 
■今も宮崎在住なんですよね?東京や他の土地に行く機会も増えてきたと思いますけど、基本的には地元を離れるつもりはない?
「微妙なところで、東京に住んだ方がやっぱ便利だし。しかも俺、飛行機が怖いんで(笑)。飛行機乗る度にストレスが溜まって、疲れが一気に来るんですよ。でも、宮崎の方が自分なりにゆっくり制作が出来るという個人的なメリットもあって」
 
■具体的に言うと、宮崎のどの辺りなんですか?
「高鍋っていう街なんですけど、北の方です。宮崎の中心地からは車で1時間半ぐらいかかるところです。特徴は……ないんすよねー。特徴がないのが特徴というか。取り敢えず、カラオケ・ボックスはなくて、キャバクラとかバーもないんですけど、50代後半のオバさんがやってるようなスナックが無駄に多かったり(笑)。生まれも育ちも、27年間、ずっとそこに住んでます」
 
■高鍋に生まれ育ったことで、ラッパーとして良い影響を与えたと思いますか?
「間違いなく良い影響ですね。何もない街だからこそ、他のヤツらと比べてハングリーになれるというか。『成り上がる術』というのがその街にないから、東京に出て来る際も誰よりも気合いを入れられる。東京だと周りの誘惑もあったり楽しかったりするだろうから、自分なりにカマさんでもいいかな、みたいな甘えが生まれてくるかもしれないし。自分の地元やと、都会にいる人たち — 楽しんでいる人たちへのアンチテーゼとして自分自身を出せる。あと、宮崎っていうところは、何も出来んかったり失敗したらすげぇディスられるんですよ。シビアですね。バトルだと、全国大会の一回戦で負けてしまったりしたらすげぇディスられたりとか、いっぱいありました」
 
■GADORO君がラップを志すきっかけになったのって、般若の“オレ達の大和”を聴いたからなんですよね?
「般若さんのアルバムは全部買ってましたね。あるネット掲示板で、『BBOY PARK』の、漢さん対般若さんのバトルの音声だけが聴けたんです。それでフリースタイルというのがあるということを知って、そこからまた検索してみて出て来たのが“オレ達の大和”だった感じやったと思います。『韻を踏む』とか、そういう単純なことが(ヤラれた)大きな理由なんですけど — それまではラヴ・ソングとか応援ソングみたいな、世の中にはびこっちょるJ-POP的な曲しか知らなかったから、『戦争について歌っちょる人……!?』と思って、初めて聴いた瞬間にオリジリティを感じたんです。で、そこから他の曲を漁り始めたら、やっぱり唯一無二やな、って。HIP HOPを聴いてるというより、『般若の音楽を聴いてる』って感じでしたね」
 
■“M.Y.T.K TRIBE part 2”ではフックに般若の“最っ低のMC”を引用しつつ、「俺が狂ったのは誰のせいでもねぇ」ともラップしてますよね。般若以外の日本人ラッパーにはあまり影響を受けてきてないんですか?
「いや、受けてはいるんですけど、『狂う』まではいかなくて。狂っていったのは、音楽をやっていく内にどんどんHIP HOPにのめり込んでいったんで、『自分自身に狂っていった』というか」
 
■誰かにラップを教わったりという経験はある?
「いや、ないです。最初からひとりでやってましたね。ぶっちゃけ、フリースタイルというモノを知る前からフリースタイルみたいなことはしてたんですよ。カラオケ — ケツメイシの曲のイントロ部分とかの上に即興でバーッとやったりしてたんで、そういうことをするのは昔から好きやったのかな?って。韻の踏み方は分からなかったけど、当時からビートには乗れてたし、歌詞にメロディを付けたりとかは遊び半分でやってましたね」
 

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