INTERVIEW:

KOJOE

■数年前から、KOJOE君は日本全国のいろいろな土地に行っていたじゃないですか。その結果、Olive Oilみたいな人とも出会ったりするわけですけど。「blacknote」の頃は、廻った土地の中でも特に沖縄と福岡が印象的だったと語っていましたね。
「福岡と沖縄は、いまだにデカイ存在な場所だけど、他はどこだろうな?北海道もやっぱり独特だし。ILL-BOSSTINO君とかB.I.G.JOE君みたいな人たちがいるっていうのも面白いし……。でも、そう訊かれると、福岡と沖縄以上にヤラれた街って思いつかない」
 
■どちらかというと、街自体というよりその街にいる人がキーなんでしょうしね。
「人。それぞれの場所で出会った人たちも、いろいろ移動したり旅してるヤツも多いから。……あ、ひとつあるとしたら山口。東京や福岡とかに比べると、お世辞にも都会とは言えない街で、どうしたらBUPPON(“Road”で客演)みたいなラッパーが育つんだろう、って(笑)。BUPPONは俺、超期待してるっすね。日本語とか、アイツの曲を聴いたりすると勉強になる。それはB.I.G.JOE君やBOSS君もそうで、日本語の使い方が凄い人の曲を聴くといまだに上がる」
 
■アルバム資料によると、いろんな土地をさまよって探し求めてきた結果、「自分自身にとっての“here”とは地元のことでも、特定の場所でもなく、居場所は音楽そのものであり、HIP HOPそのものだった」ということに気付くわけですよね。その思考に至ったプロセスについて説明して頂けますか?いろんな土地を訪ねたというのは、音楽的な意味で新しい何かを見つけるのが目的だったんですか?
「いや、単純にその土地のメシが美味かったり良い女がいたりとか、ウマが合うヤツがいたりとか。『ここに住みてぇなー』って思った場所に滞在することが多いっすね。でも、そういう『良い街』にいる良いヤツらに出会ったりすると、そいつらの周りにもクルーがいて、そのクルーは幼馴染みだったりとかして。そういうヤツらを見るとスゲェ羨ましいワケですよ。HIP HOPっつったら地元/クルーありき、っていう部分が強いモノだと思うから、そういうのを見て『ああ、いいなー』って思ったりとか。俺はその“輪”の中に入るというワケじゃないけど、みんなが迎え入れてくれるから、楽しいは楽しいんだけど、それはやっぱり期間限定のモノで、いつか東京に戻らなくちゃいけない。俺がよくやってるのが『住む住む詐欺』で、気に入った街に行くとすぐ『ここに住む』って言っちゃうんだよね(笑)。だけど、中途半端に滞在してると、何か俺の中で冷めちゃって、『あ、もう行くわ』みたいになっちゃう。そういうことをいろんな土地でやっていくと、自分が『羨ましい』って思うこと自体にもちょっと腹が立ってくるじゃないですか(笑)。俺はいろんなところに行ってもしがらみがないし、どんなジャンル — オタクだろうが不良だろうが関係なく対等に付き合えるんだけど、それは俺に“地元”がなかったりとか、自由に動ける立場だからだったりするわけで。音楽さえあれば、どこに行っても俺のことを迎えてくれる人がいるんなら、『コレ(音楽)自体が自分の“地元”じゃん』って。そこから、『音楽が俺の居場所じゃない?』っていう考えに辿り着いていくというか。別に“場所”に拘る必要ねぇな、って」
 
■数年前のKOJOE君が抱えていたストレスフルな状況を一瞬でも忘れたいという意識があったから、いろんな土地に行っていたというのもあるんですかね?自分が拠点としてる東京にいると、否応なしに自分を取り巻く問題やストレスについて考えなくちゃいけなくなっちゃうじゃないですか。
「それは多少あるんじゃないかな。人もいっぱいいるし、こんな建物ばっかだから、『自然を見てちょっとゆっくりしたいな』っていうのは誰でも思うことだし。でも、ここ1〜2年は、東京に帰ってくると一番落ち着くんすよね。態度悪いヤツが俺にぶつかってきたりとかしても、『なんかそういうのも良いな』って思ったり(笑)。NYだったら、街のヤツらがすぐブチ切れてクラクション鳴らしながら“Fuck you!”って罵り合ってる感じとか、要は“I love you!”って言ってるのと一緒というか。人生の半分以上はシティに住んできたから、その(染み付いた)感覚は気付いたら取れなくなってた。あと、自分のスタジオも中野に作ったし。中野は元々、お袋の地元だったりして、祖母ちゃんは浅草だから、俺って結構、いろんな人たちより“東京”じゃん、って最近感じることが多い」
 
■KOJOE君のスタジオ:J.STUDIOは、KOJOE君のFRESH!での番組『Joe’s Kitchen』を観るとかなり良い感じのスタジオですね。そもそも、何でスタジオを作ろうと思ったんですか?
「……衝動(笑)?」
 
■スタジオなんてカネのかかるモノ、衝動で作れちゃうモノですかね(笑)?
「たまたま、現場で親方をやるっていう仕事をやって、それでちょっとカネを稼げたから、くだらないモンに使う前にスタジオみたいなタメになるモンに使った方がいいかな、と思って。あと、全部“インハウス”で制作しちゃうのが一番手っ取り早いし。スタジオ押さえて、エンジニアさんに指示出してお金払うぐらいだったら、自分のところにそういう環境を作って自分で作業した方が早い。なんか、作りたくなっちゃったんすよね」
 
■そういえば、NY時代も大工の仕事をしてたんですよね?その頃の経験が活きたんだ(笑)。
「そうそう(笑)」
 
■現状は、外部のアーティストに貸し出したりはしてないんですか?
「試しにちょこっとやったりはしてる。俺がエンジニアとしてはまだまだだし。今回、初めてアルバム全曲をミックスさせてもらって」
 
■え、KOJOE君がミックス作業までやったんですか!?
「そう。(自分で)録るからにはミックスもしたいな、って。それが良い練習になったから、他のアーティストも練習がてら安く使ってもらって録ったりとか。自分のアルバムに関しては、20数人の声をミックスするっていうのは、地獄だった(笑)」
 
■フィーチャリングが多いアルバムですからね(笑)。それぞれ声質も個性も違うし。
「でも、スゲェ良い練習になったし、自信が付いた。マスタリングしてくれたAzzurroさんもスゲェ褒めてくれたし」
 
■自分のスタジオを作り、ほぼ全作業を自分で完結させられる環境が出来たことで、今作やアーティストとしての自分のマインドに影響を与えた部分はあると思いますか?
「いつもアイディアばっかり頭の中で浮かんじゃってたから、それを実行できる何かがあるっていうのだけで全然変わった。元々、プロデューサー的目線で見るのが好きで、全体をすぐ仕切りたがるクセ、というか悪癖があるんで。自分のスタジオが出来たおかげでそれが出来るっていうのは、今回のアルバムに関しては良い方向に働いてくれたんじゃないかな。これだけたくさんの人が入っているけど、何だかんだ統一感が出せたと思うし。映像もいじれるようにパソコンのスペックも高いモノにしたし、将来的にいろんなことが出来る場所にはしたいな、って」
 

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