INTERVIEW:

doooo

「アルバムを作るにあたって、『好き勝手なことをやろう』っていうのと『長く聴いてもらえるモノにしたい』っていうふたつを考えてたんですね。あと、ポップスやJ-POPも好きなんで、その部分も込めたかったんですよね。キャッチーな感触を作品に込めたかった」

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 所謂“ホラーコア”とカテゴライズされるNECROやINSANE CLOWN POSSEは言うに及ばず、EMINEMやTHREE 6 MAFIA、日本で言えばVito FoccacioやMIKRIS、MIZARRY PSYCHO FREAXXX、DJ NAPEY“ホラー話 feat. SATUSSY, ポチョムキン”など、胸が悪くなるような凄惨な内容やオカルティックさを中心に据えたホラー・テイストなラップ/リリックは、HIP HOPにおいて決して多くはないが少なくもなく、そういった「おどろおどろしさ」は、ある種のアーティストにとっては創作意欲を刺激するファクターなのだろう(とは言え、RICK ROCKとグループを組んでいたBIG LURCHのように、ぶっ飛びすぎてカニバルにまで走るのは犯罪です)。
 
 そして、本稿で紹介するトラック・メイカーのdooooも文中で語られる通り、そういったモノにインスピレーションを受けるタイプだ。THE OTOGIBANASHI’Sなどが所属するクルー:CreativeDrugStoreのメンバーである彼の1stアルバム「PANIC」は、ジャケットにピンク色のMPCが映っているが、よく見るとそのピンク色は人肉であり、つまり人肉でカスタマイズされたMPCなのである(……という設定です。念のため)。

 しかし、そこに表われた音楽性は、HIP HOPやテクノ、インダストリアルといった感触の楽曲性に、ディスコやポップスのエッセンスも加えられ、単純なおどろおどろしさよりはポップな彩りをも感じさせ、ジャケットとの温度差にまずは驚かされた。そして、インタビューに現われたdoooo本人は至って穏やかで、にこやかな人物であった……が、「人間で工作した」エド・ゲインも、事件が発覚するまでは善良な人間として周囲には認識されていたように、作品を精聴すると、箇所箇所には「いびつ」な落とし穴のような部分を感じ、その一筋縄ではいかない作風にも更に興味が持たされた。
 
 BimやOMSB、仙人掌、HUNGERといった客演陣にも彩られた、今作に表われた多様な音楽性はどこから生まれたのか、改めて彼に伺った。
 
 
■THE OTOGIBANASHI’Sにトラック提供した“Closet”やBandcampにアップされた作品などでdoooo君のことは存じ上げていたんですが、まさか1stアルバムのジャケットが“人肉MPC”というのには衝撃を受けました。「あ、ちょっと異常な人だったんだな」と思って(笑)。
「ハハハ。ありがとうございます(笑)」
 
■そもそも、あのアイディアはどこから生まれてきたんですか?
「ちょっとかけ離れてるかもしれないけど、『ザ・フライ』っていう、ハエと人間が合体する映画があって、それを思い返して『合体が面白いかも』って思いついたんですよね。『ザ・フライ』以外でも猟奇的なものだったり、ホラー/SFが子供の頃から好きなんですけど、自分のアルバムとしてもそういうテイストのモノが作りたいっていうのは、アルバムを作る前から思ってて。それで、今回のアルバムを作るときに、『僕らしさ』をイメージとして加えようと思ったら、あのアイディアが生まれたんですよね」
 
■「僕らしさ」が「人肉 x MPC」という(笑)。
「今までで一番長く使ってきた機材がMPC2000XLだったし、そこにホラー要素を加えれば、僕がそのまま体現できると思ったんですよね。最初は“Pain feat. 仙人掌”のMV用に作ろうと思ったんですけど、アルバムの内容も僕っていう人間も両方表現できてると思ったんで、『これはジャケにしよう』って」
 
■ホラーは昔から好きなんですか?
「兄ちゃんがいるんですけど、HIP HOPを聴き始めたのもホラーを観始めたのも兄ちゃんの影響なんですね。小学校のときに家に帰ったら、兄ちゃんが『オールナイトロング』(92年/松村克弥監督作品)を観てて、ドアを開けたら、いきなり女の子がアキレス腱を切られてるシーンがテレビに映ってて(笑)」
 
■完全にトラウマですね(笑)。
「そこからホラーが好きになっていって。日野日出志とか犬木加奈子みたいなホラー漫画もめっちゃ兄ちゃんが持ってて、自分でも読み耽りましたね」
 
■そしてHIP HOPもお兄さんから教えられたという。
「ICE CUBEの“YOU CAN DO IT”が入り口ですね。今でも兄ちゃんはG・ファンク/ギャングスタ・ラップのDJをやってて、横浜のBRIDGEで『BAY BOUND』ってイヴェントをやってて。だから、中高生の頃とかはG・ファンクがメインでしたね。自分の周りもそうだったんで、高校の修学旅行とか、写真に写るときはみんな“W”のハンド・サインしてましたよ(笑)」
 

 
■今作収録の“Street View feat.BIM,OMSB & DEEQUITE”でG・ファンクをやっているのが、やや意外でもあったんですが、そういう下地があったんですね。今までBandcampにアップされていた作品はジャケも含めて、アバンギャルドやモンドSFのような印象があったので、G・ファンクはやや意外な感触があって。
「それはリリースのタイミングでも結構言われましたね。でも、身体にG・ファンクは染み入っちゃってるし、G・ファンクは高校の頃から作りたかったんですよ」
 
■それは出身の岩手で聴かれていたんですね。
「そうですね。盛岡です」
 
■岩手だと、トラック・メイカーのMAHBIEが先日「SPACE BROTHERS」をリリースしましたが、繋がりはあるんですか?
「ありますあります。ハタチぐらいの頃から結構遊んでましたね。最初はクラブで出会って、会ったその日にそのまま一緒にボーリングに行ったんだけど、彼はバイクでコケて利き腕を骨折してたのに、逆の手でもメッチャ上手くて、『利き腕だったらどんだけ上手いんだよ』って。それで『こいつヤベェな』と思ったのが最初ですね(笑)。歳も一緒だし、音の趣味も近くて、しかも家が500メートルぐらいしか離れてなかったんで、結構一緒に遊んでました。あと、Jazzy Sport Moriokaが、やっぱり音楽好きのコミュニティの中心にありましたね」
 
■MAHBIEとトラックの交換とかはしてましたか?
「いや、お互いまだトラックをガッツリ作る感じじゃなくて、ふたりともDJが基本でしたね。僕もトラックを作っても、ディスコっぽいモノだったりトラックだけで完結するモノを作ってたんで、『ラップの載るトラック』ではなかったと思います。盛岡を出てこっち(関東)に出てきてからですね、本格的にトラックを作り始めたのは」
 
■そのキッカケは?
「仕事でこっちに出てきたんですけど、引っ越した先がBim(THE OTOGIBANASHI’S/CreativeDrugStore)の家の近所だったんですよ。直接出会う前から共通の知り合いがいたんですけど、その人づてに僕がSoundcloudに上げてるミックスをBimが聴いて気に入ってくれてて。それでこっちにくるタイミングでSNSで連絡を取り合ったら、住んでるのがめっちゃ近所で500メートルぐらいしか離れてなくて」
 
■500メートル、重要だな(笑)。
「それでBimがウチに遊びに来て、僕のMPCに入ってるトラックを聴いて、その場で『これでラップしたい』って言ってくれたんですよね。それがオトギの“K.E.M.U.R.I.”で。当時、オトギが“Pool”を作ってて『この曲、トラックにドラムないじゃん!』って驚いたのを憶えてますね。僕もそういうものが好きだったので、歳はBimとは7つ離れてるんですけど、感覚は合いそうだな、って。僕はディズニー・ランドがめっちゃ好きなんですけど、Bimもああいう感じが好きそうだな、と思って訊いたら案の定好きで、そこで出来たのが“Closet”だったり。だから、当時はもろに『オトギ周辺向け』っていう意識でトラックを作ってましたね」
 

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