INTERVIEW:

環ROY

 

 
■前回のインタビューで、「自分のやってることが大衆芸術であることは、自分にとって好ましくない?」という質問に対してROY君は「好ましくないっていうか、そうアウトプットしか出来ないって感じでしょうね。その枠組みの中に回収されない道ってないかなぁとかは考えますよ」って答えてるんですよね。その結果がファイン・アートに向かうってことなのかな、って。
「どうでしょうね。結局、どうやってもカテゴライズされるし、何かには回収されていくんですよね。最近はそれが分かるようになりました。だから、『自分が良いと思えることを頑張るしかないかー』みたいに思ってるんです。ただ、その回収先がたくさんあると楽しくやりやすいっていうか、生きやすくなるというか。やったことのないことに取り組む機会も巡ってきて刺激的ですし」
 
■今回のアルバムで個人的に感じたテーマは、「名前を付ける」「フレーミングする」「ラベリングする」「言語化する」「言葉をどう使うか」ってことだったんです。
「制作中、そういうことを考えることは多かったです。名前が付いていないものって認知できないというか、存在しないことになってますよね。なんでも名前が付くことで出現する。名前を付ける行為そのものが“言葉”というか、世界は言葉で出来ているというか。僕らに関して言えば、何でも日本語を通して見ている」
 
■このアルバムは音楽として、どの言語を使う人が聴いてもノレると思うし、内容的にも排他的ではないけど、でも高文脈な、共有的な意識を求めるような構造だとも思って。
「日本語を使ってるので、どうしてもそうなっちゃいますよね。特に日本語って高文脈言語って呼ばれたりしますし。その辺は日本に生まれちゃったので、どうしようもないなと思ってます」
 
■ラップは、いわゆる歌などの“歌詞”よりも情報量を多く込められることで、低文脈な表現とも親和性が高いと思います。1〜10まで全て説明できる構造を持っているけど、今回の作品はそれとは逆の「行間を読む」ような内容だと思う。
「単純に、1〜10まで説明する表現が好きじゃないんです。出来るなら1言って100想像してもらえるような表現が、僕にとってはすごく高度で洗練されているように感じる。それはラッパーが抱きやすい類型的なエキゾチシズムなのかもしれないですけど、豊かな行間の構築に勤めたいというか、そういう取り組みをしていきたいんですよね。簡単に言うと、“ないものねだり”なんですけどね」
 
■“情報”が減って、“行間”になっていくという?
「情報が減るわけではないです。むしろ情報が行間にどんどん格納されていく感じです。表面的な要素はミニマライズされていくけど、同時に、構造的にはマキシマイズされていくって考え方なんですよね。なんだろ、例えば、本来は柱が4本で成立していた建物を1本の柱でも成立させましょう、ってなったとき、その1本は建材から考え直さなくちゃいけないし、どこに置くべきかすごく計算しなくちゃいけない筈ですよね。何なら物理法則の原理から考え直さなくちゃいけないのかもしれない。結果、柱は減ったけど、成立条件はより複雑になっていた、みたいなことなんですよね。ミニマライズってそういうことだと思ってます」
 
■イメージの断片を組み合わせるだけだったり、単に文脈が破綻しているような、なんとなくの抽象ではなく、しっかりした構造を持っているということですよね。
「そうですね。歌詞って、何らかの構造の下で言葉が強く結びついている状態だと思うんです。感覚的というより、もう少し科学っぽいというか。そういう視点がないと要素を減らしていけない気がします。そういう方向で『言葉を使って言語化できないものを作る』って試みをしているつもりなんですよね。で、それがさっき話していたファイン・アートにも少し繋がるんですけど」

■それはどういう風に?
「もう既に言語化されている“なにか”を、言葉を使って表現しても仕方ないというか、それは既にあるものだから意味がないというか、言葉を使うにあたってそういうことを考えるようになっています。あと、なるべく自我は後ろにくるように、要はエモーショナルじゃないほうがいいと思うようになってきてるんですよね」
 
■それはどうして?
「声は特に、なんですけど、人間の身体から直接出るものだから、音色やリズムの取り方、選ぶ言葉で勝手に自我とか個性が立ち現われてくると思うんです。それだけで十分だと思うようになりました。更に、主張とか感情とかを載せてしまうと、表現としてはデコラティヴだなって感じるようになっちゃったんですよね。多分、年齢的なこともあると思います」
 

 
■聴感として、例えば“Offer”の言葉の置き方だったりにはすごく拘りを感じるし面白いんだけど、いわゆる“ラップ・スキル”という部分とも違う方向性も感じて。その部分はどう考えてる?
「日本語って母音の数が英語の6分の1くらいなんだそうです。つまり、音のヴァリエーションが英語より全然少ないみたいで。それで英語のような響きのラップをしようとすると、色々と壊れてきちゃうと思うんです。だから、日本語らしい響きを大切にしたラップが出来るようになるといいな、みたいなことは考えています。淡々とした、無理のないラップが編み出せたらいいですよね。そもそも『何をもってスキルフルなのか』って定義を、自分なりに作るところから始めたいんですよね」
 
■最近のラップは聴いてますか?
「もちろん。好きだから聴いています。KANYE WESTとかKENDRICK LAMARの近作とか、よく聴いてましたよ。歌詞が全然分からないので、全体を楽しめてないんですけどね。何か勘違いしたまま聴いているんだと思います。それもエキゾチシズムだと思うんですけど。あと、DE LA SOULの近作とかも落ち着いててすごく好きでした。TRAPミュージックの人とかも聴いてみるんだけど、すぐに飽きちゃうんですよね。多分、言葉が分かればすごく楽しめるんでしょうね」
 

 
■究極的な質問ですけど、今ROY君がラップするモチベーションって、言葉にすると何だったりしますか?
「僕の主題は対話の可能性です。話し合うことを信じるというか、そういうことを伝えたいっていう気持ちがあります。あと、僕にとってラップは“キュア(治療)”ですね。言葉を構成して、ひとつの“系”を作って、それを出力することが楽しいです。夢中になれるし自然にもなれる。単純に言えば『ラップが好き』ですね。だから、どれだけ長く続けられるだろうか?って持続可能性をいつも考えています。『いっぱい売れないとダメ』『武道館に行かないと一流じゃない』みたいな、ポピュラー・ミュージック的なフレームでやっていると僕はすごく苦しくなるんです。だから、他の芸術表現や、異分野を見習いつつ、リベラル・アーツの一つとして取り組んでいけば、より高い持続可能性を維持できるんじゃないかな、みたいなことはいつも考えてますね……って、なんか文章にするの大変そうだし、僕も校正が大変そうだし……そもそもここまでの話しもかなり分かりづらいですよね……なんか、もっと軽い話にしませんか?」
 
■軽い話……『フリースタイルダンジョン』とか観てますか?
「『これヤラセだろ、今のGAMIの勝ちだろ』とか『上野さん頑張れ』とか言いながら、妻と観てましたよ(笑)」
 
 

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