INTERVIEW:

環ROY

「僕にとってラップは“キュア(治療)”ですね。言葉を構成して、ひとつの“系”を作って、それを出力することが楽しいです。夢中になれるし自然にもなれる。単純に言えば『ラップが好き』ですね。だから、どれだけ長く続けられるだろうか?って持続可能性をいつも考えています」

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 環ROYの新作となる「なぎ」。以下はそれに関する作者とのインタビューなのだが — 原稿上は読者が読みやすいようにそれなりに整理整頓してはいるが — 実際のインタビューでは作者である環ROYと筆者が、非常に観念的でモヤモヤとした、整理のつかない質問と回答を投げ合っていた。その意味でも、この「なぎ」は混沌として整理のつかない、抽象性の高い、主体が後ろに下がった作品なのだと改めて思う。
 
 そして、環ROY自身もインタビューで「言語化する」「フレームを作る」と話しているように、このインタビューはその混沌にラベリングをしていく過程だったのかと、執筆しながら考えている。その意味でもこのアルバムは、ラベリングされる前の原点であり、混沌が分節化し、整頓され、差別化されていく前の状態 — そしてそれが細分化していくことで、そこからはラヴ・ソングやファイト・ミュージックといった明確なテーマ分けが生まれていく — を表わしているように感じた。そういった作品を作り出した環ROYの考えとは?
 

 
「今回のアルバムをAmebreakが取り上げてくれると思わなかった」
 
■「ラッキー」のインタビューのときもそう言ってたよ(笑)。だけど、今作も“ラップ・アルバム”として構成されているから、Amebreakが取り上げる必然性はあるのかな、って。
「そうですよね。最初から最後までラップしてますもんね。いつもありがとうございます」
 
■この4年の間には、蓮沼執太フィル「時が奏でる」への参加や、YUKI“波乗り500マイル”へのKAKATOでの客演、サカナクションへの客演、U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESSとの共同制作があって。一方ではインスタレーション作品「Types」の制作や、ダンサー:島地保武とのコラボで制作された「ありか」のような、アートとして捉えられる活動も行なっていて、「何をもってラッパーか」という定義は難しいけど、分かりやすいラッパー像/ミュージシャン像とは違う活動をしてきたと思います。
「そうですね。“ありか”では僕も踊ってるんです。あと、映画音楽とかもやらせてもらいました。けど、どれも、個人的にはラップというか、言語表現が起点という認識ですね」
 

 
■なるほど。ROY君がパフォーマンスとして表現した「ラッパーのための3つのプラクティス」は — 実際には見ていないから具体的な感想は言えないですけど — 構成要件を見ると、参加者は「フリースタイル・ラップの訓練を積んでいること」という条件があったり、「韻律で派生させる」のようにライミングを課題にしていたり。その意味でもROY君自身はラップからは決して離れてないし、「ラッパーであること」「ラップで表現すること」の重要性を更に強くしているように見えることが興味深い。ただ、多くのリスナーが思うようなラッパー/ラップというイメージでは、ROY君の活動や動きが、捉えられにくくなってるとは思うんです。
「それはインストラクションですね。そういう指示書自体が作品というか、ダダイズムという芸術運動以降にあるような形式なんですけど……僕の活動は、そうですよね、分かりづらいですよね、全体的に(笑)。『分かってもらえないんだろうな』って自分でも思います。けど、分かる人は分かってくれるかな、みたいな感じです」
 
■それについてはどう思う?
「しょうがないと思います。色々なことをやっちゃってると言えるので。でも、『どう思われててもいい』と言うと語弊がありますけど、自分のやりたい活動が出来て、家族とか友達が仲良く出来て、ストレスのない収入があればそれでいいな、って思ってますよ」
 
■いわゆる“評価”はどうでもいい、と?
「そんなことないです。評価してもらえないと仕事を失なうので、評価に値するようなモノを作りたいって苦心してます。ただ、『どう評価されるか』ってことなんですよね。サービス業的に評価されるとちょっと違うな、という気持ちが増しました。自分自身に誠実に取り組んだ結果、純度の高い作品が産まれて、その独創性とか持続可能性が評価されて、社会から居場所をもらって活動が続く、みたいなサイクルを続けていきたいって気持ちです」
 

 
■今回のアルバムは、他のインタビューを読んでも思ったんですけど、作品としてもインタビューとしても抽象性が高いですよね。
「そうなんですかね。んー……でも、まぁ、そうですよね(笑)」
 
■取材前に前回のインタビューを改めて読んだんですけど、前作「ラッキー」は時間経過のある歌詞を作って、明確に聴き取れるラップ・ソングを作るという、ある種の目的が明確だった気がするんです。けど、今回は良い意味でそれを感じなかった。
「なるほど。表現行為をしているわけだから、今回も私的な目的は絶対にあって、でも、なんていうか、それがあまり見えないほうがいいなと思っていたので、とても嬉しいです。自分としては、『世界がこうなるともっと生きやすいんだよなー』っていう願いが根底にあって、せめて自分の周りだけでもそういう環境にしたいっていうのが目的なんですよね……こういう発言が抽象的ってことなんですかね(笑)。簡単に言うと、これまでで一番『自分が好きと言える音楽を作りたい』って気持ちを強く持ってやってました(笑)」

■そういう変化が生まれたのは?
「いわゆるファイン・アートと呼ばれるものを、以前よりも意識的に鑑賞するようになったことが大きいと思います。そういう近年の趣向が反映された結果なんですけど……というと、簡単にまとめすぎですかね」
 
■もう少し詳しくお願いします。
「ラップって、何もかもを言葉にしようとする行為だと思うんです。そういうことをしている反動かもしれないんですけど。アートって言葉に出来ない領域を大切にしていますよね。でも結局、ある種、絶対的に言葉を必要として、実はすごく言語ゲーム的なんです。そういう意味で、言葉に戻らざるを得ない感じが人間の世界、って感じがして心地いいんですよね」
 

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