INTERVIEW:

DONY JOINT (KANDYTOWN / BCDMG) feat. JASHWON

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■そして、いつしか自分のラップを始めるわけですよね。
DONY JOINT「HIP HOPを聴き始めてからなので、リリックとかを書き始めたのは中2ぐらいですね。その頃のリリックは恥ずかしすぎて思い出したくないぐらいですね(笑)。今と比べると日本語の比率が多かったです。リリックが漢字だらけだったし、割と韻も堅かった記憶がある。金正日へのディス・ソングとか書いてたっすね(笑)。で、遊んでる仲間たちと組んだのがBANKROLLってクルーだったんで、そこでずっとラップしてました。BANKROLLは元々あったんですけど、SANTA君に紹介されて俺も加入したんです。他のBANKROLLメンバーはみんな2歳上ですね。SANTA君とは小学校が一緒で、野球チームも一緒だったから中学生ぐらいまでずっと一緒だった。他の人たちは学校の友達というより、外部で出会った同じ趣味を持つ仲間、という感じでした」

■ラップを始めた頃、最も影響を受けたラッパーを挙げるとすると?
DONY JOINT「一番刺激的だったのはWU-TANG CLANですかね。ファミリー感というか、あの人数でみんなステージに上がって。今でもライヴやる前には、気合いを入れるためにWU-TANGのライヴを観たりします」

■WU-TANGだと誰派(笑)?
JASHWON「それは結構分かれるとこですね(笑)」
DONY JOINT「難しいっすね〜(笑)。みんな好きですけど、GHOSTFACE KILLAHとかRAEKWONあたりは好きですね」

■WU-TANGの中でも特に音楽性がソウルフル寄りな人たちですね。BANKROLLに入った後にYaBastaに入ったんですか?
DONY JOINT「BANKROLLをやってて、YaBastaメンバーはみんな同い歳なんですけど、彼らと普通に遊ぶようになって、そこでも曲を作ってる内に出来ていったのがYaBastaっていうクルーなんです。まあ、今は正式に抜けてるんですけど」

■KANDYTOWNが注目されると共に、BANKROLLやYaBastaというクルー内グループの名前を知っているファンは多いと思うんですけど、実際にそれらのグループがガッツリ活動している時代を知っている人は、僕含めあまりいないと思うんですよね。これらのグループはどんなグループだったんですか?
DONY JOINT「YaBastaは、結構イケイケな感じで、BANKROLLは落ち着いた感じ。YaBastaの方がヤング感があったというか」

■BANKROLLの方が、その当時の年齢を感じたらマセたスタイルだったということですね。そうすると、今のKANDYTOWNのスタイルで言うと、BANKROLLの方が近い?
DONY JOINT「そうですね。良い感じに融合してまとまった形になってるんじゃないかな、って」

■BANKROLLとしては、どれくらい積極的に活動してたんですか?
「ライヴは結構やってましたね。国分寺とか多摩方面でやってたり。あと、SIMI LABとよく一緒になってたから、町田とかも多かったですかね。逆に、渋谷ではあまりライヴをやってなかったかもしれない。BANKROLLが一番活発だったのは始めた頃 — 10年ぐらい前ですかね。その頃は遊び感覚で曲をいっぱい作ってたし」

■その頃のDONY君は、ラッパーとしてどんなヴィジョンを描いていた?
DONY JOINT「WU-TANGへの憧れが強かったから、クルーとしてステージに立って、そこから各々がソロを出して成り上がっていって、またクルーでステージに立てたらいいな、というのはあったっすね」

■そうすると、正に今KANDYTOWNやDONY君がやっていることそのものですよね。今も名前が挙がったけど、他のKANDYTOWNメンバーに話を訊くと、やはりYUSHI君が亡くなったことが、メンバーの意識が変わった大きなキッカケだったと話す人が多いんですけど、それはやはりDONY君も同様?
DONY JOINT「そうですね、そこはみんな一緒だと思う。彼がいなくなって、その穴を埋めるというワケじゃないですけど、いなくなった分、俺らがやらなければいけないし、YUSHIがやってたことを俺らが外に出していかなきゃいけない、というのは結構ありましたね。YUSHIから受けた影響は、全てに表われてると思いますね。音楽面だけじゃなく、生活やライフスタイル — まあ、参考にならないところも結構ありましたけど(笑)、仲間に対する想いとか、ファミリーの大切さはYUSHIから教わった部分が多い」

■DONY君はKANDYTOWN内でも特に落ち着いたキャラな印象があるんですけど、そういう意味で言うとYUSHI君は逆のパーソナリティだった?
DONY JOINT「そうかもしれないですね。YUSHIは時々、暴れ出したりしたんで、『マジかよ、やれやれ……』と思うこともあったから、タイプとしては逆だったかもしれない。でも、それが良い刺激にもなったし、『それ、アリなんだ』みたいに(笑)」

■で、KANDYTOWNがどんどん形を成していく過程で、DONY君はIO君/YOUNG JUJU君と共にBCDMGにも加入するわけですよね。
JASHWON「IOもJUJUもみんな一緒で、まずG.O.Kが繋がってたから、彼から『カッコ良いヤツらがいる』って紹介してもらったんです。彼ら以外にもいろんなヤツらをG.O.Kから紹介してもらってたんですけど、その中で俺が最初に知ったのはIOで。IOの“Dig2Me”を作ったちょっと前ぐらいにDONYとJUJUを知ったんですよね。俺がIOとデモを作ってて、そこにDONYやJUJUも入ってたんで。そのときに『カッコ良いから一緒にやりたいな』と思って。その頃、俺はまだKANDYTOWN自体は知らなかった」

■BCDMGとしてラッパーと契約したのは、この三人が初めてですよね。彼らは他のラッパーと何が違ったんですか?
JASHWON「とにかく、いっぱい曲を作ってたんですよね。制作のサイクルも早かったし。あと、単純に曲がカッコ良かったんでしょうね。あの頃、若い人でサンプリング主体の音でやってるラッパーって、減ってきてた時期だったと思うんですけど、それを今っぽくカッコ良くやってたし」

■多分、JASHWON君が当時知ったニューカマーの中でも、彼らは特に渋い方ですよね?
JASHWON「渋いですねー。でも、その前面にグイグイ来ないスタンスもカッコ良かったし、僕らにも近いモノがあると思ったんですよね。あと、彼らのスタンスってHIP HOPの理想形ですよね。仲間で曲を作って、仲間でライヴして、仲間で生活を共にして、っていうのが。それを憧れでやってるんじゃなくて、自然とそうなってるというスタンスがカッコ良いし、強い」

■今作のアルバム・タイトル「A 03 Tale, ¥ella」についてなんですが、“03”は東京を指してると思うのですが、以前からDONY君がリリックでよく使っている“¥ella”という言葉は、KANDYTOWN内のスラングなんですか?
DONY JOINT「それはむしろ、俺しか分からないぐらいのスラングなんですよね。俺が作った造語で。NYに行ったときにタトゥーを入れたくて、『どんな言葉を使おう?』と思ったときに思いついて……ちょっと説明しづらいからさっき(取材場所のホワイトボードに)書いてみたんですけど」

■おお(笑)。なるほど、“Good Fellas”→“Fellas”→“Yellas”→“¥ella”という風に発展していったのか。
DONY JOINT「NYに行ったらいろんな人種がいて、『日本人としての誇りを持とう』というか、『黄色い肌の人間としての誇りを持とう』と思ったんです」
JASHWON「それを、“仲間”という意味の“Fellas”と日本人の肌を指す“Yellow”をかけてるんだ。カッコ良い言葉だね」
DONY JOINT「日本人としてのプライドと、『仲間に富を』とか、そういう意味が込められていて。簡単に言うと、俺にとっては“仲間”を意味している造語ですね。我ながら上手くいったっすね(笑)」

■ラッパー:DONY JOINTとしても大きなスローガン?
DONY JOINT「タトゥーはノリで入れましたけど、意味的には自分でもすごく納得してるし、ハマってると思いますね」

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