INTERVIEW:

DONY JOINT (KANDYTOWN / BCDMG) feat. JASHWON

「他のメンバーがカッコ良いからこそ、一緒の感じにはしたくない。仲間だけどライヴァルだし、彼らがカッコ良い曲を作ってきたから『じゃあ俺もカッコ良いのを作らないとな』という風に刺激し合ってる感じです。一緒に遊んでる中で見てきたモノが大体同じだったりするから被るモノはあると思うけど、それをどう自分のモノにするか、っていう」

donyjoint_main1
 昨年11月にオフィシャル1stアルバムがリリースされて以降、ツアーも敢行し、その勢いがいよいよ全国規模に伝播してきたKANDYTOWN。そして、そのKANDYTOWNが本格的に作品を発信するようになるより前に、BCDMGにIO/YOUNG JUJUと共に加入していたラッパーがDONY JOINTだ。

 様々な色彩/スタイルを持つKANDYTOWNのMCの中でも、DONY JOINTはその低めの声質や粘っこいフロウもあり、クルー内でも特に渋い佇まいな印象がある。そして、遂に発表された彼の1stソロ・アルバム「A 03 Tale, ¥ella」もまた、そういった彼のフレイヴァーが遺憾なく発揮された渋い一枚だ。

 クルー愛やベースとなる音楽性など、KANDYTOWN本体や各ソロ作品と共通する部分も少なくない一方、他のメンバーと異なる色が露わになった本作。BCDMGを率い、本作でも(IO/YOUNG JUJUのソロ作品と同様)エグゼクティヴ・プロデューサーとして制作に携わったJASHWONにも同席頂き、本作から透けて見える彼の音楽観や徹底したKANDYTOWNへのクルー愛などについて語って頂いた。
 
 
■僕がDONY君に初めて会ったのは、2014年にAmebreakが制作したドキュメンタリー映像『BCDMG – past, present, future-』の撮影時だったと思います。あの映像は3年前に制作したモノですが、もう3年も経ったということを考えると、KANDYTOWN勢の活躍はここ数年地道に広げていった結果だな、と改めて思って。
DONY JOINT「着々と、ステップは踏んでいってるんじゃないかな、と思いますね。最近は個々でもみんな動き出してるし、KANDYTOWN全体としては良い流れのまま来てるかな、って感じてます」

■で、その「個々の動き」での最新の動きがDONY JOINT君のソロ・アルバム・リリースとなるわけで。“Nice One”の1stヴァースでは自身の幼少期の音楽環境について“英才教育”と表現していますけど、具体的に、どんな音楽をどのような環境で聴いていたんですか?
DONY JOINT「親がディスコ世代だったから、俺が産まれる前からブラック・ミュージックとかを親が聴いてたんですよね。俺が産まれてからも、俺は何も分かってなかったけど自然にそういう音楽を聴いて染み付いていって好きになっていったんじゃないかな?と思いますね。JAMES BROWNとかは、物心つく前から聴いてて知ってたみたいですね」

■オトナになって曲名を知って、「ああ、あの曲だったのか」と気付くようなパターンですね。
JASHWON「親がNAS世代のラッパーとか、そろそろ出て来そうですね……」

■もういてもおかしくないですよね。
JASHWON「勘弁してほしいなー(笑)。そんなラッパーが出て来る頃にはもう引退してたい(笑)」

■(笑)じゃあ、DONY JOINT君の両親はディスコで遊んでいたんですか?
DONY JOINT「特に母親 — 今は60歳ちょい前なんですけど — は結構行ってたみたいです。家にカセット・テープが大量に置いてあったりして」

■そうすると、80年代前半のディスコ・ブームの頃ですね。自分が記憶している範囲で、最初に好きだと感じたアーティストは憶えている?
DONY JOINT「DIANA ROSSが一番、スッと入ってきたかもしれないですね。その頃にはHIP HOPも聴いてたんですけど、DIANA ROSSをネタに使ってる曲とかを知っていく内に、どんどんHIP HOP以外のソウルとかも意識して聴くようになって。その過程で自分が子供の頃に自然と聴いてたということも知って、『やっぱこういうフィーリングなんだな』っていうのは感じたっすね」

■だから、意識してこの音楽を選んでいったというワケでもないということですよね。
DONY JOINT「そうですね。あとは周り — BANKROLLのYUSHIはソウルが大好きだったんで、彼から教えてもらったのも結構デカいですね」

■山下達郎やユーミンの名前がリリックでも挙がってましたが、KANDYTOWNメンバーはみんなその辺りが好きじゃないですか。そこの趣味が共通しているのは何でなんだろう?と前から思ってて。みんな、家庭環境的にそういう音楽に囲まれながら育ったのか、KANDYTOWN内でそういう音楽が広がっていったのか。
DONY JOINT「山下達郎とかは、KANDYTOWN内で流行ってたというか、ずっと聴いてましたね。海とか行くときとかだったり、車の中にCDが絶対にあったし。ユーミンとかだと、映画の影響とかがデカいんすかね。逆に、J-POPはあまり聴いてなかったですね」

■だから、子供の頃の趣味ということで言うとかなり渋いですよね、みんな。で、同じく“Nice One”の2ndヴァースではHIP HOPにのめり込んでいった経緯が綴られてます。このヴァースではSAVAGE!や「DIGGIN’ ICE」というフレーズも出て来て、それはこの曲がMUROプロデュースが故のオマージュという意味もあると思うんですが、DONY君の年齢/世代を考えるとちょっと意外な気もして。
DONY JOINT「HIP HOPにハマったのは中学生ぐらいの頃ですね。最初は、TSUTAYAかどっかに行ってCDを適当に見てて手に取ったのが般若さんの『おはよう日本』だったんです。『タイトル、ヤベェな』ってなって適当に借りてみたら内容もヤバかったし、自分にとっては初めての世界だった。そこから日本語ラップを聴くようになったから、USラップより日本語ラップの方が先ですね。で、SANTA君(BIG SANTA CLASSIC)の家に行ったら『おはよう日本』のCDがあって、そこから彼に日本語ラップをいろいろ教えてもらうようになり、その後にBANKROLLと出会って他のジャンルの音楽を知ったという流れですね。SAVAGE!や『DIGGIN’ ICE』に関しては、YUSHIが昔、MUROさんと繋がりがあったからSAVAGE!を教えてもらってお店に遊びに行ったりしてましたね。塾とかサボってBOOT STREETに行って、夜までひたすら店で流れてる音楽を終電近くまで聴いてた、っていう遊び方でした」

■IO君も同じような10代の過ごし方だったみたいですけど、彼と一緒に行ってたんですか?
DONY JOINT「一緒に行ったりはしてないんですけど、お店に行ったら会う、とかはありましたね。俺は渋谷には、割とひとりで行ってましたね」

■じゃあ、JASHWON君やDJ NOBU a.k.a. BOMBRUSH!君と繋がったのはIO君とは別の経緯だった?
JASHWON「まず、G.O.K(BCDMG)と会ってたんだよね?DONYがまだ中学生の頃にG.O.Kから『今、DONYが(G.O.Kのショップ:HIDE OUTに)来てたよ』って言ってて。G.O.Kから、それこそ英才教育のように良い音楽を聴かされ続けられてたんだよね。そのとき、HIDE OUTにはIOもYUSHI君もSANTAもいたって感じだよね?」
DONY JOINT「そうですね。BOOT STREETとHIDE OUTには、本当に音楽を聴くためだけに行ってたんですよね」
JASHWON「だから、宇田川にHIP HOPがいっぱいあった時期を知る、最後の世代なのかもしれないですね」

To Page topTo Page top