INTERVIEW:

YOUNG HASTLE feat. DJ TY-KOH

「子供が産まれたとしても俺が生き生きとライフを送ってれば今の感覚のままヤングでいれると思うし、肉体も筋トレをしてなるべく若く保てればヤングであり続けられると思うんです。俺は“ヤング”でい続けるためにやるべきことをやってるし、そういう意識で生きてます」

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 ここ1〜2年のYOUNG HASTLEは、彼のアーティスト・キャリアとしては変化が多かった数年間だったかもしれない。東京を拠点に活動してきた彼が、DJ TY-KOHたちの地元である川崎エリアに居を移し、同時期にDJ TY-KOH主宰レーベル:FLY BOY RECORDSも設立。2015年にリリースされたTY-KOHとの「TYH THE MIXTAPE」では“同いどshit feat. 十影, Y’S & RAW-T”“毎日飲む酒 feat. K-YO”のようなバンガーを送り出した。そして、筋肉キャラとしては金子賢がプロデュースする大会『SUMMER STYLE AWARD』にエントリーし、いよいよMV/写真素材以外の場所でも自らの肉体をアピールするようになった。

 そんな動きの数々を経て、満を持してリリースされた2年振りの新作「FOREVER LIVING YOUNG」。今作は、これまでの延長線上である彼の三枚目的な歌詞作りスキルと、よりライフスタイルを反映した等身大なトピック選びが重要なキーとなっている。

 今回の取材では、FLY BOY RECORDSを主宰するDJ TY-KOH(社長!)にも同席頂き、「FOREVER LIVING YOUNG」を作り上げる上で最重要な要素である“川崎ライフスタイル”や、現在の彼らがそのライフスタイルを如何にHIP HOPミュージックに昇華させようとしているかなどを語って頂いた。TY-KOH曰く、「Amebreakエクスクルーシヴな発言アリ」とのこと(笑)。
 
 
■前作「RETURN OF THE HASTLE」から今作「FOREVER LIVING YOUNG」までの流れの中で特に大きな出来事としては、生活拠点を川崎エリアに移したことがあると思います。これまで川崎勢と仲が良くてもずっと東京に拠点を置いていたのに、このタイミングで引っ越した理由は?前作時のインタビューでは東京に住み続けることへ拘りがあったようだけど。
DJ TY-KOH「そんなこと言ってたんだ(笑)?」
YOUNG HASTLE「当時の気持ちはハッキリ覚えていないけど、昔から思ってたのは、俺はやっぱ東京生まれ東京育ちだし、川崎の人たちとツルんで川崎で活動してても、そう簡単に『K’S UP』ってレペゼンできない気持ちがあって。今でこそ“K”のハンドサインをやったりしますけど、コレをやり始めたのがTY-KOHたちとツルみ始めて1年ぐらい経ってからなんですよ。『そろそろいいかな』って。そういう感じで徐々に川崎に浸透していったし、周りの人たちも『HASTLEは東京だけど川崎のオフィシャル・メンバーだね』って言ってくれるようになって。去年、今まで住んでた駒沢の家が更新っていうタイミングもあったし……溝の口にGOLD GYMが出来たっていうのも決め手になった。近所にジムがないとリズムが変わっちゃうから、家の近くにジムがあるっていうのはかなりデカいポイントですねー。それで全ての条件が揃ったから、『じゃあ、川崎住んじゃおうかな』みたいな感じで物件を調べ始めて、それが2015年末ぐらいですね」

■引っ越した家は、TY-KOH君の家からめっちゃ近所なんでしょ?
YOUNG HASTLE「めっちゃ近所(笑)」
DJ TY-KOH「でも、正直言うと、HASTLEが東京にいたときとあまり変わらないんですけどね。以前から毎日こっちに来てたから、会ってるペースに関しては前と変わらない。ただ、HASTLEの方は楽になったんじゃないですかね。毎日、チャリンコで来て朝まで遊んで帰ってたのは大変だったと思うから、その手間がなくなったんじゃないかな、ぐらいで(笑)。ただ、ツアー行くにしても地元から合流して行けたりとかするから、そういう意味ではパイプはより太くなりましたね」
YOUNG HASTLE「引っ越してきてもまったく違和感がないんですよ。ここら辺の土地勘も既にあったし」
DJ TY-KOH「東京から何年ぐらいこっちに通ってたっけ?」
YOUNG HASTLE「2012年の夏に“March 13th feat. DJ TY-KOH”(『CAN’T KNOCK THE HASTLE』収録曲)を作ったぐらいからツルみ始めたんですよ」
DJ TY-KOH「じゃあ、3年以上はそんな感じだったんだ。……あ、引っ越してきての変化を強いて言うなら、HASTLEがチャリで通ってた頃は、いきなり変な時間から『合流しようぜ』って誘いづらかった(笑)。深夜に『軽くメシ行く?』って誘っても、HASTLEは良いヤツでなるべく誘いには応えたいタイプだから、俺とかが誘っちゃうとちょっとエグくても来ちゃうんですよ。そういうところに対して、俺もちょっと気を使う部分があったけど、今はそれがゼロになったので、年がら年中、夜中だろうが何だろうが『今から中華行かない?』って合流することが可能になった(笑)」
YOUNG HASTLE「ハハハハ、正に」

■それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけど……でも、HASTLE君的には、本当の意味で川崎をレップするまで3年という時間が必要だった、ということですね。そこはHASTLE君の真面目な姿勢が窺える。
DJ TY-KOH「正にその言葉に尽きる。簡単には出来ないというか、ちゃんと気持ちとか歴史とか、全ての事柄が整わないとそういう風には動けない人っていうか」

■制作環境という意味では、引っ越して大きく変わったのでは?
YOUNG HASTLE「変わったすね。東京のスタジオはあまり使わなくなって、近所にあるBIG BLAZE WILDERSのスタジオで録ることが増えた」
DJ TY-KOH「それはあるかもね。遊びは前と変わらないけど、一緒に制作することは増えたっぽい。俺は基本、BIG BLAZEのスタジオ以外にはあまり行かないから、そこに集まりやすくなったというのはあるっぽいね」
YOUNG HASTLE「『スタジオが近い』っていうのも、こっちに引っ越してきた理由のひとつでもありますね」
 
 

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