INTERVIEW:

SKY-HI

「(スキルも精神も)突き詰めて、突き抜けないと、ポップ・スターにはなれないと思う。ポップ・スターにぶっ飛んだ人が多いのは、それが理由だと思うんですよね。表現や方向性を突き詰めて、階段を登っていったことで、結果としてぶっ飛んでいったというか。だから、ポップであることはエッジの追求と繋がると思うんです」

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 Amebreakの年末座談会でも触れられたが、昨年リリースの「カタルシス」に込められた、複雑で高度な内容構築性とそれを支えるラップ・スキル、そしてその構造に対する意識と説明能力で、HIP HOPの醍醐味を幅広い音楽リスナーに提示したSKY-HI。その内容を“ステージ”というエンターテインメントとして昇華したライヴ『SKY-HI -HALL TOUR 2016 〜Ms. Libertyを探せ〜』や、更にはSALUとのコラボ・アルバム「Say Hello to My Minions」では、HIP HOPのゲーム性やラディカルさを形にした昨年の彼の動きからは、「エッジを提示しつつ、同時にスターである」という、US型のHIP HOPスターの姿を重ね合わせることが出来るだろう。

 その彼が約1年のスパンでリリースした「OLIVE」。前作の視点が一人称的な視点/私小説的なミクロな視点からマクロを描く作品だとしたら、今作は愛や承認といったマクロなテーマを元にしながら、「自己と他者」というミクロな関係性にメッセージを展開していく。その意味でも、前作に見られたようなある種のアナーキーさよりも、その先にある社会や構造をどう捉えるか、「LIVE」に対してどうメッセージするかという意識が、この作品には貫かれている。そして、そこに彼は愛と希望を灯そうとする。そこからはどういった実りが生まれるのか、今作も興味が尽きない。
 
 
■コンスタントなシングルのリリースはあったとはいえ、喉の手術やSALUとのコラボ・アルバムがあったので、ソロ・アルバムはもう少し時間がかかるかなと思ってたんだけど、ほぼ1年で新作のリリースというスピードには驚きました。
「喉の手術の後、喉に悪い環境に仕事で行かざるを得なかったりすると心配で精神的に滅入ったりすることもあったし、実際に満足の出来るパフォーマンスが出来なかったんで、人前で歌うことも怖くて、イップス(運動障害)みたいな症状が出たり。そのストレスで10キロぐらい太っちゃったり(笑)。『ROCK IN JAPAN』のときは上手く歌えたんだけど、それは奇跡的なことで、それ以外は正直、自分が完全に満足できる歌は歌えてなかった」

■その状況下でもレコーディングは続けてたんだ。
「レコーディングは一発勝負じゃないし、上手く出来るまでやればいいんで大丈夫なんですよね。でも、とにかくライヴは不安だった。だからこそ(レコーディング作品である)『OLIVE』を作ることによって自分が救われていったという部分がありますね。『タイトなスケジュールで頑張ったね』っていうよりは、精神的にヤバい状況に追い込まれそうだったから、作品を作ることでそこから抜け出したかったし、そういうメンタルだったからこそ、ここまで『開いた』作品が作れたんだと思います」

■自己救済的なイメージが根本にあったと。
「うん。自分の音楽に救われたし、その自己救済のイメージが、同時に他者肯定に繋がっていったと思う」

■前作「カタルシス」も自己救済というモチーフがあったと思うんだけど、「カタルシス」は「極私的にならざるをえない“死”を語る』作品でもあったから、必然的にその観点は“自己”に置かれていた。だけど今回は、それが『自己と他者』という部分に立脚点があることが大きな違いなのかなって。
「それは明確にありますね」

■同時に、「カタルシス」は切迫感を感じる作品だったから、リリース以降、曲毎には聴くんだけど、「アルバムを通して」は、個人的には聴き疲れてしまう部分があって。
「『カタルシス』のときは、これが評価されないんだったらこのスタンスは辞めよう、もうエイジアンTRAPばっかり作ろうかなと思ってたぐらいで(笑)。だから切迫した感じがあったと思うんですよね。だけど『カタルシス』をリリースして、それに伴うツアーを行なって以降、フェスや音楽誌だったりがポジティヴな意味で手の平を返して、一斉に声を掛けてくれるようになって。そうやって自分の評価がガラッと変わったんですよね。それが自信や肯定に繋がったのがひとつ」

■その評価の変化に関してはどういう気持ちだった?
「『やってやったぜ!』とか『評価されてホッとした』って気持ちもゼロではないんだけど、それ以上に自分の周りの人やリスナー、そして自分自身を愛しぬく『責任と覚悟』みたいなモノが強く芽生えたんですよね。ライヴで言えばバンドやダンサーという近い仲間や周りのスタッフ、そして自分の音楽を受け取ってくれるリスナーに対する責任と覚悟を感じたし、それによって他者との関係性をすごく前向きに捉えられるようになった。それで出来たのが“ナナイロホリデー”だったんですよね。

■「いつまでも楽しませてみせる一生涯」だから、そこに対象となる他者への責任があるよね。
「死を描いた『カタルシス』が上手くいったら、次はちゃんと『LIVE=生きる』を書こう思ってたんだけど、“LIVE”に“LOVE”を込めた『OLIVE』に出来たのは、そういう他者と自分との、世界と自分との交わり方への意識が変わったからだと思いますね。そして、そういう責任と覚悟を感じた上で出すべきメッセージは、これまでよりもっと普遍的なメッセージ、“愛”や“平和”なのかなと思ったし、そのメッセージを歌う責任と覚悟も芽生えていて。もっと言えば、マイケル・ジャクソンとかジョン・レノンに求められていたものと並列になる覚悟が出来たというか」

■“ポップ・スター”ってことだね。
「でも、ポップ・スターだから愛や平和を歌うっていうんじゃなくて、2017年現在っていう状況と、自分を取り巻く環境に向き合うと、自然とそれが発するべきメッセージだと思ったんですよね。多分、マイケルやジョンもそうだったと思うんです。ポップ・スターだから愛とか平和(という大きな物語)を歌わなければと思ってたんじゃなくて、彼らが生きた時代に一番必要だったメッセージは、きっとそれだったんだろうなと思うし、自然にそういうメッセージが出てきたんだと思う。そして自分も、ナチュラルに2017年に必要な歌詞は、こういうものなんじゃないかなって思ったんですよね」

■それが“LIVE”であり“LOVE”と。
「自分の隣の人を愛することが世界中で出来れば戦争は起こらないって、よく言うじゃないですか。でも、それが出来ないのは、それ以前に自分自身に対する愛情を生みづらい、自分を愛しづらい世の中だからかなって。安易なSNSディスはしたくないけど、SNSやLINEによって、今は明らかにコミュニケーション過多に、『人といるときの自分の時間』が長くなりすぎると思うんですよね」

■他者からの視点によって生まれる“自分像”の時間が多いと。
「昔が良かったとは言わないけど、『誰とも繋がらない、自分だけでいられる時間』はやっぱり昔の方が長かったと思う。それが少なくなることで、自分だけで自分を愛する、自己肯定する時間や環境が作りづらい」

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