INTERVIEW:

CHICO CARLITO

「俺は『手段のひとつ』としてバトルを使った、上手い成功例なんだと思います。優勝して、賞金使ってアルバムも作って全国流通までこぎ着けたというのは。一番手っ取り早く名前も売れたし、アルバムも出してなくて誰の後輩でもないヤツが大きなステージに立てるなんて、バトル以外ないじゃないですか」

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 2012年からラップを始め、そこから僅か3年でUMB全国大会を制し、『フリースタイルダンジョン』でもモンスターとして抜擢……近年盛り上がりを見せるMCバトル・シーンにおいて、CHICO CARLITOは最大限にその恩恵を受け、自らのスキルでその恩恵を自身の知名度向上へと繋げてきた好例だ。

 だが、彼がバトルMCという枠だけに留まろうとせず、いちアーティストとしての更なる飛躍に挑もうとしていることは、待望の1stアルバム「Carlito’s Way」を聴くとよく分かる。今作は、彼が人生のほとんどを過ごしてきた沖縄というルーツから、バトルを通しての怒涛の展開を経た彼が見据える未来までを描いた、1stアルバムらしい意欲に溢れた好盤だ。
 
 
■プロフィールを読んでたら、HIP HOPを聴き始めたのが2012年からと書いてあって、意外と最近だということに少しビックリして。
「正直、最初に聴いたのは小6ぐらいに聴いたEMINEMとかなんですけど、そのときは聴いた瞬間『あ、いいや』って感じだったんです。そこからメッチャ空いて、高校卒業したぐらいに(沖縄の)国際通りをプラプラしてたら、そこで会った小中の同級生にバーで聴かせてもらったのが、鬼の“小名浜”だったんです」

■沖縄・国際通りのバーで“小名浜”を聴いたんだ(笑)。
「それと、BRON-K“ROMANTIK CITY”とかTHA BLUE HERB“路上”、NORIKIYO“2 FACE”とかを聴かされて。だから、比較的最近の日本語ラップを聴かされて『カッケェ!』ってなって入っていったんですよね。“小名浜”は、最初の4小節からヤバイですよね。自分はバンドでヴォーカルもしてたから元々音楽は好きでしたけど、ここまでリアルな感じというか、曝け出しているのは他の音楽にはないと思って、それで衝撃を受けたんだと思います」

■CHICO君は、時折歌ったりもするけど、それはバンド時代からの流れ?
「いや、バンドはメロコア系だったんで、ノリは違いますね。バンドは、高1〜2年ぐらいにやってました。『音楽をやりたい』というより、歌が好きだったから、小さい頃からずっと歌ってましたね」

■日本語ラップに衝撃を受けてから、どんな流れでラッパーになった?
「聴き始めたのが2012年の5月頃で、9月1日にLOVEBALLってハコで『HI-NIGHT MC BATTLE』というのがあって、そこに友達と観に行ったんです。友達に誘われたときは、『俺は(行かなくて)いいや』みたいな感じだったんですけど、カネもなかったし(笑)。それで行ったら、俺らの先輩がそのバトルで優勝して、その賞金が10万円だったんです。それを観て、『あれで?それで10万円ももらえるの?絶対俺もイケるでしょ!』ってなって。そのバトルの後にオープン・マイクもやってたんですけど、そこから入りたくなるぐらいラップをやりたくなってた。それで、その帰り道はひとりでラップしながら帰って、一週間後ぐらいに歌詞書いて、沖縄の先輩ラッパーの唾奇に見てもらって。唾奇は、俺らがたむろしてたそのバーで働いてたんですよね。だから、フリースタイルもリリック書くのも、同時進行で始めた感じでした」

■その翌年に、大学進学のために埼玉・草加市に引っ越すわけだけど、本格的に活動を始めたのはその頃から?
「12年の9月にラップを始めて、その翌年の春に沖縄を出るんですけど、その間に3回ぐらい沖縄のMCバトルに出ました。だけど、全部1回戦負けして、そのままこっちに来た。だから、『俺、センスねぇのかなー?』みたいに、自信が持てないままこっちに来たんですよね」

■埼玉に来てから、今作収録曲“Sons of Kuragaly”に参加しているTENGG/ARISTOと出会うようだけど、彼らとはどう繋がっていった?
「CHICO CARLITOと名乗る前はU.N.T.っていう名前でやってたんですけど、その前のMC名を“TENGU”にしようかなって考えてたんです。で、名前が他と被るのがイヤだったから、同じ名前のラッパーがいないか調べたら、埼玉にTENGGってヤツがいることが分かって、しかも彼が俺の引っ越した先に住んでた。それで、どうにかして彼に連絡取って。彼らとグループを組むのは、そこからもう少し経ってからですね。TENGGからTK(da黒ぶち)君のスタジオに誘われて、そこで一発録りとかして、そこから『大脱走』っていうイヴェントに誘われるようになったんです。2013年の夏、そのイヴェントで初めてラップのライヴをやりましたね」

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