INTERVIEW:

Hi’Spec

「今回のアルバムに関しては、自分のトラックに他人がぶつかったときに何が起きるかを知りたかったんです。自分のトラック/自分のラップだと、多分想像通りになると思うんですよ。だけど、自分の場合は、事故を起こしたり、他人のインスピレーションや感性を自分のトラックに加えることで、変化や化学反応を起こしていきたいんですよね」

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 SIMI LABのDJとして、そしてトラック・メイカーとしても楽曲を制作しているHi’Specが、キャリア初となるアルバム「Zama City Making 35」をリリースした。センチメンタルでドラマティック、それが筆者がHi’Specのビートから受けた印象だ。ただ、派手なサンプル・フレーズを多用するようなドラマティックさや、分かりやすくエモーショナルなセンチメンタルさ、という意味でそう表現するのではない。どことなくリスナーを突き放すような独自性の強さと、それでもリスナーの心音に直接近づくような“揺らぎ”を感じる生々しさ、そういった独特な世界観をHi’Specのビートからは感じさせられ、その距離感のあり方に、センチメンタルでドラマティックな風情を感じさせられる。
 
 豪華な客演陣との組み合わせも印象的な本作。Hi’Specのネクスト・レヴェルに期待させられる一枚だ。
 
 
■2011年の「Page 1 : ANATOMY OF INSANE」以来、5年振りにHi’Spec君にはAmebreakに登場して頂くことになります。当時は、確か23〜4歳だったけど。
「今年29ですね。早いですね。歳取りましたね(笑)」
 
■それでも20代だからね。そんなHi’Spec君に、改めて音楽的な原初から伺えればと。
「音楽家族ってワケでもなかったし、ずっとバスケをやってたんで、そんなにすごく音楽に興味があるっていうタイプではなかったです。楽器も何も習ったことがないし。だけど、小学校のときにDRAGON ASH“GRATEFL DAYS”が好きになって、テープにずっと“GRATEFUL DAYS”だけを両面にひたすら入れて、それを延々聴きながら釣りをしてた記憶があります(笑)。それぐらいハマってました。でも、HIP HOPっていう意識ではなくて、単純にカッコ良い曲だから聴いてたって感じですね」
 
■では、DJカルチャーに触れたのは?
「4つ上の兄貴がいるんですけど、俺が中1〜2ぐらいのときに、兄貴がDJセットを買ってきてDJを始めたんですね。それで、隣の部屋から流れてくる曲をなんとなく聴いてるっていう感じで」
 
■お兄さんはどんなタイプの曲をかけてた?
「最初はウェッサイ系のHIP HOPで、そこから色々広がりながら。それで、兄貴がいないときに部屋に入って、勝手にいじったりしてて。でも、基本的にはバスケしたり、体を動かすような遊びをしてるタイプでした」
 
■クラブには行ったりしてた?
「初めて行ったのは高1の終わりぐらいかな。同級生でハーフの奴がいたんですけど、そいつに連れられて六本木のクラブに行って。でも、高校生だから当然、酒飲まないで音楽聴いてたら、バーの女の子に『酒買わないなら出てって!』って言われて追い出されて。それが高校の頃のクラブの記憶ですね(笑)」
 
■かわいい話だね(笑)。自分でDJを始めたのは?
「18ぐらいですね。たまたま『歌を唄いたい』って友達がいて、そいつがバンドを組むことになり、俺がDJ機材を触ったことがあるっていうだけで、『DJやってよ』って誘われて(笑)。僕自身、DJに興味があったんで、ターンテーブルを一台は自分でヤフオクで買って、もう一台とミキサーは、グループのみんなで割り勘で買ったんですよね。だけど、そのグループはすぐ解散しちゃって。それで、自分ひとりでDJを始めたんです。で、20歳ぐらいのときに、小学校のときの友だちに誘われて、一緒にイヴェントを始めるんですね。そのときにそいつが連れてきたのが、OMSBだったんですよ」
 
■OMSB君とはそれが初対面?
「OMSBとは小学校は同じなんですけど、彼の学年がひとつ下なんで面識はなくて。だから、そのときが初対面でした。そこから仲良くなっていって。それでOMSBがQNとSIMI LABを組んで、イヴェント『SIMI CITY』を始めて、そこにDJとして呼んでくれたんですよね。そのときに『SIMI LABに入らないか?』って誘われて。だけど、OMSBがウチに遊びに来たときに、ウチのMPCで曲をOMSBが作った曲が凄すぎて自信喪失しちゃって、『入るには俺は力不足だよ』って、そのときは固辞したんですよね。それで加入の話は流れたんだけど、その後にもまた誘ってくれて、そこまで言ってくれるんならって、入ることになったんです」
 
■なるほど。SIMI LAB加入以前からMPCは持ってたんだ。
「兄貴に見せられたJAY-Zのヴィデオ(『FADE TO BLACK』)に、JAY-ZがTIMBALANDにトラックをもらいに行くシーンがあって。そこでTIMBALANDが自分のトラックを聴かせるシーンがカッコ良すぎて『俺も曲作りをやりたい!』って。それで兄貴の友達から、『MPCって機材を買えばトラックが作れるらしい』ってことを教わり、楽器屋に行ってMPC2500を買ったんです、ローン組んで。だけど、使い方が分からず、すぐに挫折しちゃって。説明書読むのが苦手なんで(笑)」
 
■では、SIMI LABに入ったときはどんな面子だった?
「OMSB/QN/DJ ATTOって感じで、俺が加入するタイミングでMARIA/DyyPRIDEとかがまとまって入った感じですね」
 
■“WALK MAN”(2009年12月発表)のMVが出来る前夜ぐらいって感じだね。
「それで、QNがMPC2500を持ってたんで、基本的な使い方を彼から教わって。最初は、完璧にクォンタイズに乗っけた、カクカクのビートでしたね。だから、今とは全然タイプの違うビートでした」
 
■SIMI LABの1st「Page 1 : ANATOMY OF INSANE」で“Show Off”を手がけてるけど、ラップ曲として、アルバムのオープニングを飾る曲だよね。
「曲は作ってたんですけど、個人的に気に入るようなトラックがなくて。だけど、“Show Off”が出来たときに、自分の中で『キタ!』っていう感覚があって、あの曲でトラック作りを掴んだ感じですね。当時はOMSBとQNがトラック・メイクの要だったし、ふたりが話してる音楽の話にも付いていけなくて。だけど、“Show Off”が出来たときに、自分のトラックに自信が持てるようになったんです」
 
■OMSB君は同じグループだけどライヴァルって感じ?
「そうですね。OMSBはとにかくいつも新しいこと、新しい音楽を作ってくるんで、それがすごく刺激的なんですよね。最近聴かせてもらったビートもとにかくヤバくて、めちゃくちゃテンションが上がったし、『今すぐ帰ってトラック作りたい!』って思わされて。その刺激をいつもくれるのが、OMSBなんですよね。一番身近にそういうヤツがいてくれるのは、すごく嬉しい」
 
■その意味では、トラック・メイクで影響を受けたのは?
「OMSBは大きいですね。あとはKANYE WEST/J DILLA/EL-P/AMP LIVE……そういうアーティストに出会って、自分の好きなトラック、作りたいトラックが見えた感じです」
 

■今の使用機材は?
「メインはMPC3000をメインに、MPC2500、SP-404、KAOSS PAD、シンセはDave Smith Instruments の Mopho、Nord Lead、ちょっと前からProToolsを使うようになりましたね。個人的には、ProToolsにそのまま流すより、MPC3000を通した方が感触としては好きですね。音がめちゃくちゃ太くなるんで」
 
■トラックの作り方は?
「最近はドラム先行なんですけど、このアルバムに関しては、ネタから組んだことが多いですね。気に入ったフレーズをサンプリングして、チョップして、ドラムを組んで……って最初は勢いで組んで、一旦纏まったら、そこからブラッシュアップしていく感じです」
 
■ネタの集め方は?
「最近はジャケットですね」
 
■見た目だ(笑)。
「レコード屋でカッコ良いジャケをまず選んで、試聴して、使える/使えない、値段が……とかで選んで(笑)」
 
■なぜジャケットで選ぶの?
「自分がカッコ良いと感じたジャケだと、音的にも自分の好きな音が入ってることが、経験上、多いんですよね。イカれたジャケだと音楽もスゲェんだろうな、とか。エロジャケはテンション上がるんですけど、ちょっと違うかなって(笑)。聴いたことのない音楽を聴きたいと思うんで、そのために見たことのないジャケを選ぶ感じです」
 
■ネタはレコードから?
「レコードですね。なんか、CDからはあんまりサンプリングする気にならなくて」
 

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