COLUMN:

CO-SIGN feat. SUSHIBOYS

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 主にYouTube上に自身たちで制作したMVを発表し、その再生回数は多いものでは10万再生に近いカウントを叩き出し、最近リリースした作品でも1万再生以上は確実に達成しているSUSHIBOYS。同じアーティストの作品でも「バズる/バズらない」によって大きく再生回数が変わる状況において、現状はそこまで知名度が高まっていないアーティストであるにもかかわらず、コンスタントに高い再生回数を叩き出しているのは、その作品クオリティの高さ故だろう。今回のCO-SIGNでは、その作品群を作り出し、10月に新作となる「NIGIRI」をリリースした彼らにフォーカスを当てたい。
 
 
 
 メンバーはFarmhouse/EVIDENCE/サンテナの3MC。Farmhouseとサンテナは小学校からの幼馴染、そしてFarmhouseとEVIDENCEは兄弟だという彼らは、埼玉県は入間郡・越生町の出身。
 
「埼玉県の中央に位置している、ハッキリ言って何にもない街ですね」(Farmhouse)
 
 
 そうFarmhouseが地元について話すように、彼らが発表しているMVを観ると、良く言えば自然豊か、悪く言えば片田舎といった風景が広がっている。その街とそれが彼らに与えた影響は後に話してもらうとして、まずは彼らの音楽的な萌芽から説明を始めよう。
 
「音楽的な経験は……俺ら兄弟は何にもないですね」(EVIDENCE)
 
「俺はヤマハ音楽教室に通ってたっすね。ちょっとだけ」(サンテナ)
 
「行ってたな〜。『ピアノ弾いてる男ってダサイ』みたいなイメージが、小学校の頃ってあるじゃないですか。それでイジられるのがイヤだから隠してたもんな、お前(笑)。で、中高ぐらいになって音楽に興味を持って。それこそRADWIMPS/GREEN DAY/SUM 41とか、ミーハーでしたがロックとかをメインに聴いてましたね。だから、最初はバンドをやりたくて、俺がギター、サンテナがドラム、他にもベースがいてって形でバンドを始めようとしたんですけど、『練習する場所がねぇ!』ってことになって」((Farmhouse)
 
 
 確かに、都市部ならいざ知らずだが、彼らはバンド・スタジオが近所にあるという環境ではなかったようだ。故に「それでラップならどこでも出来るんじゃねえ?ってことで、ラップを始めたんですよね(サンテナ)」と、結果的にラップへのアプローチを進めていくことになった。
 
 
 そしてそのラップは、彼らの音楽に付随する大きなファクターとして存在する“映像制作”とも関連する。
 
「YouTuberとはちょっと違ったんですけど、自分たちでショート・ムーヴィーを作って、それを出すっていう遊びを6年ぐらい前からやってたんですよね。例えば『ブランコ部』……自分でも何言ってるんだろうって感じですけど(笑)、『学校 の部活動にブランコがあったら面白いかもな』っていう切り口で、映像コントみたいなのをサンテナとアドリブで作ったり。だから、元々は映像作りとか、ネタ動画作りの方に重きを置いてて。その中で、農家とラップを組み合わせた映像コントを作ろうと思って、まずラップをそこでやってたんですよね。HIP HOPリスナーじゃなかった分、自分たちの中でラップは『笑いのネタ』ぐらいの感じだったんですよね。だから、最初は映像コントのいち要素としてラップを取り入れたんです」(Farmhouse)
 
 
 そう話すように、彼らの活動の場の原点にはYouTubeという存在がある。そして、その場を選んだ理由には、越生という町も関連してくる。
 
「始めたキッカケは、とにかく田舎なんで、やることがないんですよ。で、『金をかけないでどう楽しもうか』って考えたときに映像制作を思いついたんです。だから、東京とかに住んでたら映像もラップもやってなかったかもしれないですね」(Farmhouse)
 
「東京に出ちゃうと“誘惑”があると思うんですよね。だけど、越生っていう何もない田舎でクリエイティヴにやってた方が、面白いモノが作れるんじゃないかな?って。だから、Farmhouseと遊ぶときは、財布を持って行かないでカメラだけ持って遊びに行って」(サンテナ)
 

 
 確かに、彼らのMVを観ると、都会では難しいだろうと思う表現も多い。例えば“ダンボルギーニ”には、ダンボールで車体を覆った軽自動車が草むらを走るシーンがあるが、コレを都区内でやろうと思えば場所探しが非常に難しいだろうし、電車や駅、学校での撮影など、敏感な地域では瞬時に係員や警察が飛んできそうなシチュエーションも多い。その意味で、「その場所だから出来ること」や「地元のアドヴァンテージ」を有効に使う映像が多いことも興味深い。
 
 また、“遊び”や“暇つぶし”の一環として、創作物/ものづくりを始めたことには、2011年の東日本大震災も影響していると話す。
 
「震災のときに計画停電のエリアに越生がかかって。田舎の山奥で、しかも電気が止まるって、『(環境として)平安時代かよ』みたいな状況になったときに、『なんかやんないとな』って」(サンテナ)
 

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