COLUMN:

CO-SIGN feat. 踊Foot Works

oddfoot_main
 今回の『CO-SIGN』で紹介する踊Foot Works(読み:オドフットワークス)は、Pecori(MC)、Tondenhey(ギター)、Fanamo’(コーラス/DJ)、SunBalkan(ベース)で構成されるバンド形態のグループであり、結成から1年足らずという、正に『CO-SIGN』で紹介するべきニューカマーながら、既に『FUJI ROCK FESTIVAL』の『ROOKIE A GO-GO』への選出や『やついフェス』などに参戦し、シーンにおいての注目度を高めている存在だ。
 
 彼らの楽曲は、ヴォーカル表現としてはラップを中心にしながら、ビートとしてはサンプリングで構成された、いわゆるHIP HOPビートと捉えられるようなトラックはもちろん、4つ打ちやバンド形態を活かして作られた楽曲、ポップス的なアプローチを前面に押し出した楽曲など、リリースとしては現状ではまだ少ないものの、そのカラーは非常にヴァラエティ豊かだ。また、活動の拠点にしても — バンド形態をとっていることも要因であろうが — クラブよりも下北沢GARAGEなどのライヴ・ハウスが中心となっている。
 
 そのように、彼らはいわゆる“HIP HOP的”“HIP HOPシーン”とは違うアプローチで動いているし、上記のような楽曲性や行動からも、一般にイメージされるような“HIP HOPグループ”とはやや違ったニュアンスを持っているだろう。

 それ故に、もし踊Foot Worksのライヴを既に観たり、楽曲に既に触れたことがある読者にとっては、彼らがAmebreakに登場することに対して、やや違和感を憶えるかもしれない。 そう彼らについて筆者が思ってしまうように、筆者の中にも当然ながら“HIP HOP的”という固定観念があるわけだが、ここで「何をしてHIP HOPか」という話や、「HIP HOPの捉え方は人それぞれ」というような観念的な話を進めるつもりはない。
 
 しかし、ひとつ言えるのは、ラップや「HIP HOP以降の思考法」が既に普遍的な表現形態となり、広く受容されている現在において、HIP HOPをベースにした、または親和性を感じさせる表現でありながらも、“ミクスチャー”という意味ではなく、もっとフラットにポップやロックをそこに吸収、混交させ、新たな音楽を作り出す彼らのクロスオーヴァーしたアプローチには非常にHIP HOPを感じるし、その意味でも彼らをAmebreakで取り上げる必要性があると感じた。
 
 
 
 彼らの音楽的なバック・グラウンドも非常に様々だ。
 
「母親は小学校の音楽の先生、父親はレコード・コレクターだったんで、常に家では音楽が流れていて、僕も子供の頃から楽器を習ってました。それで、小中ぐらいからバンドを始めて、例えばゆらゆら帝国のコピーだったりをやってました。高校ではASIAN KUNG-FU GENERATIONとかELLEGARDENのコピバンをやったりして、普通のロック好きって感じだったんですが、大学に進んだ段階で、もう少しギタリストとして違うことがしたいと思ってジャズ研に入ったら、ブラック・ミュージック色の強い、セッションを中心にしたサークルだったんですね。その中でCURTIS MAYFIELDとかMARVIN GAYEみたいな王道から、ブラック・ミュージックやHIP HOPを教わって。その中でもD’ANGELO『Voodoo』とJ DILLA『DONUTS』に衝撃を受けて、よりHIP HOPやサンプリングに興味が移っていきましたね」(Tondenhey)

「僕は子供の頃からずっと水泳をやってて、音楽にはほぼ関わってなかったんですけど、高2のときに誘われて初めてクラブに行ったとき、そこに“渋谷系”が好きな人がいて、そこで例えばフィッシュマンズとかキリンジ、それから『FREE SOUL』のコンピを教えてもらって、そこから音楽を聴き始めたんですよね。体育会系なのに文系の音楽に憧れ始めて(笑)。それで水泳の推薦で大学に入ったんですけど、1年で水泳はリタイヤして、その後は下北のレコード屋でバイトしながらバンドやDJを始めて。卒業後は地元の島根に戻って働きながらバンドをやったりしてたんですけど、もう一回上京して、聖蹟桜ヶ丘のスタジオで働き始めたんです。そこで踊Foot Worksのメンバーと出会って」(Fanamo’)

「小学校の頃からピアノやサックスを習ってたんですけど、本当はベースがずっとやりたくて。『バンドを仕切ってるのはベースだな』っていう認識が何故かあったし、低音の方が魅力的だなって思ってたんですよね。それで中学校の頃にフュージョンやジャズ、RED HOT CHILI PEPPERSの流れでファンクやブラック・ミュージックを聴き始めて、自分でもベースを始めました。それで高校に入ってバンドを始めて、残響レコード(ポスト・ロック/エレクトロニカ系のインディ・レーベル。9mm Parabellum Bulletやcinema staffなどが所属していた)とかに興味持って。そういう流れにあるポスト・ロック系のバンドは、今も踊Foot Worksと並行してやってます」(SunBalkan)
 
 
 MCとしてグループに参加するPecoriも、いわゆるラップやHIP HOP「だけ」で育ってきたようなタイプではなかったと話す。
 
「6歳から12〜3歳までピアノを習ってたんですけど、“チクタク時計”っていう小2ぐらいでマスターする曲までしか行かなかったですね、最終的に(笑)。自分から音楽に興味を持ったのは、小5のときに聴いたRIP SLYMEで、人生で自分のお金で一番最初に買ったのはベスト盤の『グッジョブ!』(05年)。だけど、そのままHIP HOPだけって方向じゃなくて、中学校でギターを始めて、バンドでELLEGARDENとかWEEZERのカヴァーをやってたんです。だけど、近隣の中学校でMPCで曲を作ってラップしてるヤツがいるって情報が回ってきて、面識もなかったけど、とにかくウチのバンドに入れようって会いに行ったのが、その後に一緒に『角巛エンタープライズ』っていうグループを組むRhymeTubeだったんですよね。それでRhymeTubeにKREVAとかRHYMESTERとかを聴かせてもらって、またHIP HOPの方面に進みつつ、自分でもトラックを作り始めて。で、そこでHIP HOPにどっぷりハマるかと思いきや、ももいろクローバーに出会って、ももクロしか聴かないみたいな時期が来て。『彼女いるの?』って訊かれても、『大丈夫、俺にはしおりん(玉井詩織)がいるから』みたいなクレイジーな状況になり、しかも相方もモノノフ(ももクロのオタク)になっちゃって、ふたりとも完全にももクロのことしか考えられなくなり(笑)。でも、当時、MINTさんとかCherry Brownさんがももクロの楽曲を使ってリミックスとかマッシュ・アップしてたのを聴いて、『それもHIP HOPなんじゃん』とか勝手に解釈してました(笑)。リスナーとしてはBACHLOGICさんのトラックが好きで、BLさんの手がけたSEEDAさんとかNORIKIYOさんは出たらもちろん聴いてたんですけど、それはHIP HOP的な感覚に加えて、ポップス的な感覚もあったと思いますね。HIP HOPも好きだけど、ポップスも大好きなタイプなんで、BLさんの音像は、そのふたつに通じる部分があると思うし、自分としても、トラックやフックにはキャッチーなカラーを持たせつつ、ラップはドープみたいな部分は考えてましたね。それで角巛エンタープライズとしてフリー・ダウンロードで作品を発表したり、WATT a.k.a ヨッテルブッテルさんの“アトラクション”のリミックス・キャンペーンに参加したり。そうやってネットを中心に作品を発表する中で知り合ったのが野崎りこん君だったり、もののあわい君だったり」(Pecori)

CATEGORY: COLUMN

To Page topTo Page top