COLUMN:

BEAT SCIENTISTS 〜HIP HOPのおとづくり〜 feat. DJ PMX(前編)

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■最初にこんなことを伺うのもどうかと思うんですが、PMXさんは今まで作られた曲の数って把握されてますか?
「いや〜……把握できてないですね(笑)」

■今回のインタビューに向けてプロデュースされた作品を洗い出してみたんですが、DS455やソロ名義で手がけられた主要作に加えて、外部アーティストへの膨大な提供作や、マニュピレーターや裏方的なお仕事も考えたら、正直、収拾がつかなくなって、断念しました……。
「今までに何曲作ったかな……ちょっと俺も整理できないですね」
 
 
 今回のインタビューの入口はこういったものだった。DJ PMX。Kayzabroとのユニット:DS455での活動やソロ・ワーク、そしてプロデューサーとしてOZROSAURUSやAK-69など、ウェスト・コーストHIP HOPに影響を受けたアーティストで名のある人間は、ほぼ何かしらの形で彼と関わっていると言っても過言ではない膨大な仕事量は、世界的に見ても屈指なレヴェルであろう。その意味でも、数々の日本におけるウェスト・コーストHIP HOPシーンを切り拓いてきたオリジネイターであることはもちろん、遡ればRHYMESTER「俺に言わせりゃ」やECD「ECD」、ZINGI「渋谷無宿」、BUDDHA BRAND“人間発電所”などの制作にも関わり、90年代初頭から現在に至るまで、日本のHIP HOPシーンを見続けている。

 その突端となる最新作「THE ORIGINAL III」を5月にリリースした彼に、これまでのヒストリーとプロダクションについて伺った。3時間という限られた時間と筆者の実力不足のため、抜け落ちてしまっている部分も少なくはないが、DJ PMXの膨大な仕事量とアプローチ、そしてシーンへの貢献の一端が伝われば嬉しい。
 
 
■まず、PMXさんの音楽的な原点からお伺いしたいんですが、自覚的な音楽面での萌芽はどういったモノになりますか?
「多分、普通の人と一緒で、TVの歌謡番組とかですね。俺の場合は小4〜5ぐらいのときに、TVでゴダイゴとかそういうバンド系のグループを観て、友達と『バンドとかやってみてぇな』って話をしてたんですよね。そんな中でYMOが登場して、それに衝撃を受けて『ロック・バンドじゃなくてテクノだな』っていう話になったんですよね。『シンセを操ればすべての楽器の音が出せる。ドラムもギターもベースも、音楽の部分は全てを仕切れる』と思ったんです。それで、『音楽がやりたいからシンセが欲しい』って親に話をしたら、『成績が上がったらね』って言われて、しっかり成績を上げて(笑)」

■真面目ですね(笑)。
「まんまと親の策略に乗って(笑)。それで俺はKORGのMono/Polyを買ってもらい、友達もKORGのPolysixやYAMAHAのCSを買ってもらって、中1ぐらいからみんなで楽器を抱えてバスで音楽スタジオに入り、YMOとかKraftwerkみたいなテクノ/テクノ・ポップのコピーとかをやってたんですよね。中3のときには文化祭で披露したり。だから、子供の頃から音楽を習ってたとか、音楽一家だったとかではなくて、そこで音楽に目覚めて、キーボードの練習も始めたんですよね。それまで“ド”が鍵盤のどこにあるのかも分かってなかった(笑)」

■そういったサウンドにピンときた理由は?
「もう、未来ですよ、未来(笑)。田舎(宮崎)にいたから余計にそう感じたのかもしれないけど、音楽の進化や未来をそこに感じたんですよね。それがまんま未来の今ですけど(笑)。YMOのライヴのステージ上にあるMoogの“タンス”(Moog Synthesizer IIIc、その大きさから“タンス”と呼ばれる)を見たら、『シンセがあれば全部出来る!』って想像させられたんです。それぐらいYMOの新しさが凄かったし、ロックには行かずテクノ・ポップやエレ・ポップが中心になりましたね。高校になると、規格としてMIDIが出て来て、それも未来でしたね。打ち込めば、キーボードをバリバリ弾けなくても自動演奏で出来るじゃん!って……まあ、弾けたほうがいいんですけど(笑)。それで、自動演奏と生の部分を使い分けながら、3人ぐらいでグループを組んで、テクノ・ポップをやってたんです」

■“機材”に対する面白さもあったというか。
「そうですね。当時、YAMAHAがRX21っていうPCM音源を使ったドラム・マシンをリリースしてて、今のTRAPで使われるような、64分の1でドラムを連打するように組んだり、どれだけ細かく打ち込めるか/機能を使い尽くせるか、みたいな、機能的な研究もしてました。そうやって12歳ぐらいから機材を使い倒してたんで、シンセの音に関しては『この音はこうすれば作れる』っていうのが、だいたい体感と理屈として理解できてるんですよ。実機でもプラグイン化されたシンセでも、基本的な設計はMoogのパネルとほぼ構造は一緒なので、『どの波形をどういじればこの音が出る/作れる』っていうのが大体は浮かぶんですよね。『THE ORIGINAL III』に収録してる“My First… feat. AYA, AYA a.k.a. PANDA”は、AYAとAYA a.k.a. PANDAにそれぞれの“マイ・ファースト”を歌ってもらってるんだけど、俺の“マイ・ファースト”は12歳のときに買ったKORGのMono/Polyなんで、その機材を使って音を作ってる。でも、今の機材と原理が変わってないから今の流行りの音も作れるっていう」

■当時、オリジナル楽曲などは作られていたんですか?
「オリジナルも作ってたけど、完成形にはなってなかったかな……。基本的にはインストでしたね。歌も録ったかな……確か、THE HUMAN LEAGUEとかそういう感触のモノをカヴァーしたかオリジナルで作ったかして、自分では歌わずに友達に歌わせた気がしますね(笑)。録音は高校の放送部に4トラックのマルチ・レコーダーがあったんで、夜中に『忘れ物しました』ってこっそり取りに行って、何日か借りて録ってまた返すっていう(笑)。最初は、放送室が防音だから『これはいいや』ってことで夜に忍び込んで録音してたんだけど、遮光カーテンでちゃんと光を遮ってたつもりが漏れてて、『夜中の学校に人がいる』って近所の人が通報しちゃって、それで仕方なく借りることにして(笑)」

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