COLUMN:

CO-SIGN feat. リベラル a.k.a. 岩間俊樹 (from SANABAGUN.)

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 生バンド×ラップ×ヴォーカルという構成で、渋谷の路上で数々のライヴを展開し、2015年にはメジャーに進出。2枚のアルバムをリリースしているHIP HOPバンド:SANABAGUN.。グループのMCを務める岩間俊樹が、“リベラル”としてソロ「I.MY.ME.」をリリースした。
 
 
 1990年生まれ。現在26歳であるリベラルは、青森県三沢市出身。米軍基地が置かれた街は、「米兵が行くようなバーや飲み屋も多くて、ほとんどの店にDJセットがあったり。そういう流れもあってHIP HOPカルチャーもそれなりに定着してた」と話すように、彼自身も子供の頃からHIP HOPに触れることになる。

「兄がHIP HOPのDJをやってて、三沢出身のラッパーで、フッド・スターのKEN-RYWさんのバックDJをやってたんですよね。あるとき、兄貴の部屋にAVを漁りに行って(笑)。DVDを選んでたらその中に『キングギドラ』っていうDVDがあったんですよね。『これは女優名じゃないだろうし……もしかしたらスゲェ内容なのかも!』って興奮しながら再生したら、ギドラ『最終兵器』ライヴ・ツアーのDVDだったんです。それでまた別の興奮を知って(笑)、俺も中2でラップを始めたんですよね」

「学校では一緒にラップをやるような仲間はいなかったんですけど、隣の中学に同い歳でDJをやってる奴がいるって話を聞きつけて、会いに行ったのが、今は般若さんのバックDJをやってるDJ FUMIRATCHでした。それでタッグを組んで、高校のときにはクラブでライヴも始めて、そこで女の子と仲良くなって童貞卒業したり(笑)。ライヴはKEN-RYWさんとか、25時の影絵さんとかと一緒にやってましたね」

 高校は、「家が裕福じゃなかったのと、船乗りはとにかく金が溜まるってことで」国立の船員学校に進み、いわゆる“船乗り”として手に職をつけるが、気象庁に就職後、船酔いが治らないことが判明し、半年で退庁。

「ラップもやりたいって気持ちもあったんで、船乗りを辞めてそのまま18で東京に出てきました。やっぱりラップやるなら東京でしょ、って」

 そして、先に上京していたDJ FUMIRATCHと共にライヴ活動を再開する。

「『レコチョク』の配信権を賭けたライヴ・バトルに出たり、『SAIZENSEN HIPHOP 200% VOL.2』(10年)に“真なる音”っていう曲で最年少で参加させてもらったり。ただ、先輩としっかり繋がったり、どこかのクルーに入ったりはしてなかったんで、大きなイヴェントだったりには出てなかったですね。だけど、孔雀やBANKROLL(KANDYTOWN)とはライヴで一緒になったり、同世代とは繋がりも生まれてて」

「FUMIRATCHが般若さんのバックDJになったタイミングで、般若さんがライヴを観に来てくれたこともありましたね。『お前の元々のバックDJと組むことになったから、ちゃんと筋を通さないと』って、向こうから挨拶をしに来てくれて。ただ、それと近い時期に俺もSANABAGUN.を始めた関係で、ソロ・ライヴも減らして、いわゆるHIP HOPシーンからも離れ始めた時期だったんで、密になることはなかったですね。『お前も体鍛えるか?』ってジムに誘ってくれたりもしたんですけど(笑)」

 そう話す通り、2013年には生バンド×HIP HOPのスタイルで活動するSUNABAGUN.を結成し、渋谷の路上を中心に活動を展開する。

「ライヴ・ノルマをきっちりライヴ・ハウスから取られることが多くて、この構造だと呼べるのは友達ばっかりだし、外への広がりも弱いってことで、サナバは路上でのライヴが中心になっていって。ただ、最初はバンドでラップすることにはかなり戸惑いがありましたね。それまでは打ち込みのトラックでラップしてたんで、バンド・サウンドだと感覚的に乗せづらいとも感じたし、トラックもジャズを基調にした、派手なサウンドでもなかったから、大丈夫なのかなって」

 しかし、その不安をよそに、SANABAGUN.は路上ライヴという話題性や、楽曲構成の高さによって着々と注目度を高め、15年のメジャー進出につながっていく。そして、リベラル自身も岩間俊樹 from SANABAGUN.として配信EP「JUST A STONE」や、現場売りの形でソロEP「IWAMA TOSHIKI」をリリース。バンドではなく(打ち込み/サンプリングの)トラックで構成された作品は、サナバとは違った形でラッパーとしての資質が見える作品となっていた。そのEPは2015年10月に行なわれた、SANABAGUN./Suchimos/The Throttle/岩間俊樹 from SANABAGUN.という、SANABAGUN.と密接な関わりのあるグループによる合同ライヴ『革命』に併せてリリースされたが、サナバのメジャー進出は言うに及ばず、Suchmosのブレイク、The Throttleのメジャー進出など、そこに登場したメンツの飛躍ぶりはご存知の通りであろう。

 岩間俊樹がリベラルとしてアルバム「I.MY.ME」の制作に入ったのも、そういった環境の変化が影響しているという。

「サナバのメンバーが、サナバ以外の動きもするようになったこともあって、それなら自分もソロで動いた方がいいのかなって。やっぱり、サナバはバンドだから、自分自身の“実験的”なことはやり辛いし、チャレンジをしたいっていう思いと同時に、個人としての実力がどこまで受け入れられるのかを判断できる“ソロ・アルバム”を作りたかった」

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