COLUMN:

#フリースタイルダンジョン 座談会 feat. Zeebra/T-PABLOW/KEN THE 390/焚巻/CHICO CARLITO (前編)

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 昨年9月に放送が開始され、民放TV局では画期的な『MCバトル番組』として、瞬く間にHIP HOPファン以外の一般層も惹き付けることに成功した『フリースタイルダンジョン』。番組も3クール目に突入し、先日から放送されている収録回から会場を新木場STUDIO COASTという大会場に場所を移し、新たな展開を見せ始めている。また、7月3日にはAbemaTVにてスピンオフ的番組『Monsters War』の放送が決定しているなど、昨今の国産HIP HOPシーンにおいて最も大きな反響を与えているコンテンツと言っても過言ではないだろう。
 
 『フリースタイルダンジョン』が、これまでにあったラップ/HIP HOPを取り上げてきた多くのテレビ番組と異なる点、それはMCバトル番組であるために、ラップにおける“スキル”という点を最重視していることであり、それ故にテレビ的な演出(多くの場合、ハードコア日本語ラップとは相性が良くないケースが多いだろう)を通しても、ラップの凄さが薄まることがないということだろう。放送開始直後に当たるREC-2でチャレンジャー:焚巻がラスボス:般若にまで辿り着き、多くの視聴者の感動を呼んだ名バトルが、それを象徴している。
 
 番組が成熟していくにつれ、良くも悪くも一種のフォーマットが定まっていくのは避けられないことだが、『フリースタイルダンジョン』は、番組中のライヴ・コーナーや前述のスピンオフ番組、5月にリリースされたサウンドトラック的なコンピレーションのリリースなどを通して、可能な限り、「MCバトル発HIP HOP着」のリスナーを増やすべく、試行錯誤を続けている。今回は、サウンドトラックのリリースとシーズン2突入を記念し、番組の“首謀者”であるZeebraと、審査員として出演しているKEN THE 390、モンスター:T-PABLOWと、チャレンジャーとして番組に出演し、新曲“フリースタイル・ダンジョン 2016”にも参加したCHICO CARLITO/焚巻に出席して頂き、スペシャルな座談会を敢行。同番組がスタートした経緯から出場者/出演者が明かす裏側や、番組にかける想いなどをたっぷり語って頂いた。
 
 
■“フリースタイル・ダンジョン”は、20年以上前に生まれた楽曲/コンセプトですが、その時点では、日本語のフリースタイルというもの自体が今のように確立していなかったですし、MCバトルもほとんど行なわれていなかった時代ですよね。
Zeebra「あの曲を作った時点では、“トップ・オブ・ザ・ヘッド”(即興)なフリースタイル自体が確立されてなかったよね。95〜96年ぐらいになって、やっとそういうことが出来る人が出て来たって感じじゃない?」
 
■だから、“フリースタイル・ダンジョン”は「日本語ラップにおけるフリースタイル」という概念が、ほとんど定義されていなかった状態で生まれた曲なんですよね。そんなフワフワとした状態から生まれた曲だということを考えると、そのコンセプトが20年の時を経て、テレビ番組にまで構想が広がっていったというのは、凄いことです。
Zeebra「“末期症状”が出た95〜96年ぐらいの頃から、俺たち — UBG周りとFG(FUNKY GRAMMAR)周りが『フリースタイル出来ますよ』ってアピールしだした。それこそ90年代後半に『BBOY PARK』でMCバトルが始まったのも、『FG NIGHT』でちょっとしたMCバトルをやってて、『だったらやってみた方がいいんじゃね?』って話になったから。で、見事に(FGクルーの)KREVAが3連覇したワケだけど、当時のUBGやFGは『韻を踏みます』っていうスタイルのクルーだったし、『トップ・オブ・ザ・ヘッドで韻を踏む』っていう行為自体を認知させたいという思いがあったから、そんな中でKREVAはそういうスタイルがしっかり出来てたので、一番基本の形を見せてくれたよね。だけど、『日本語で即興の韻を踏む』って、やっぱ大変じゃん?普通に生きてたら絶対使わない脳ミソを使わなくちゃいけないからさ。だから、そういった意味で、ちょっとしたハードルの高さがフリースタイルに関しては存在してたよね。初期のMCバトルでは、韻をしっかり踏めてる人も多くなかったし、どちらかと言うとキャラやアティテュード押しの人が多かったと思う。……で、4〜5年経って『BBOY PARK』でやってたMCバトルのシステムが破綻してきて、そこから『ULTIMATE MC BATTLE』が生まれていくワケだけど、その頃には『MCバトルのカルチャーは出来上がったな』と思ってた」
T-PABLOW「『BBOY PARK』のMCバトルが始まった頃、USではMCバトル・ブームってあったんですか?」
 
■ブームらしいブームはなかったと思うけど、USでは80年代から既に『NEW MUSIC SEMINAR』というコンヴェンション内でMCバトルが催されてたね。で、90年代後半になると、MCバトル・シーン自体はアンダーグラウンドなマイク巧者たちのスキル披露の場になっていったから、基本的にはアンダーグラウンド・シーンで盛り上がっていた印象がある。『SCRIBBLE JAM』ってイヴェントのMCバトルがあって、そのヴィデオはアンダーグラウンド・シーンではヒットしてたし。
Zeebra「USでは、常に何かしらの形でMCバトルはあったよね。ローカルなバトルも常にあったし」
 
■EMINEMも、正にそういったローカルなMCバトルから名を上げた人ですもんね。だけど、日本みたいにMCバトルが突出して発展したという流れにはなっていない。
Zeebra「そうそう。そもそも向こうでは『フリースタイルする』という概念自体が70年代からあったものだしね。だから、日本のMCバトルに関しては、この10〜20年の間によくここまで成長したな、って思うよ」
 
 

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