COLUMN:

“バトルMC”の“今”を探る(CASE 3:TKda黒ぶち)

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CASE 3:TKda黒ぶち
所属クルー/レーベルなど:KSKB lab./Timeless Edition Rec.
出身地/地元:埼玉県春日部市
現在の活動拠点:春日部
ラップ歴:12年
MCバトル歴:11年
主なMCバトル戦歴:
・2010年
『UMB』埼玉予選 優勝
・2012年
『THE 罵倒 GRAND CHAMPIONSHIP』優勝
『UMB』埼玉予選 優勝
・2013年
『UMB』埼玉予選 優勝
・2014年
『AsONE -RAP TAG MATCH』優勝
 

■崇勲のアルバム「春日部鮫」に収録されている“RECOLLECT feat. TKda黒ぶち”を聴くと、なかなかの日本語ラップ・ヘッズだということが窺えるけど。
「クラスの友達から“人間発電所”を聴かせてもらってからハマっていったんですけど、『そこのグループのDEV LARGEさんという人が入っているマイク・リレー曲がある』ということを知って、それが“証言”だったんですけど、それを聴いてTWIGYさんに惚れ込んで雷を知り、『TWIGYさんが元々いたグループがあるらしい』ということを知ってMICROPHONE PAGERを聴いたって感じですね」
 
■TK君ぐらいの世代だと、KICK THE CAN CREWとかRIP SLYMEがブレイクした時期に中高生だったわけだから、その辺りが入口だと公言している人も多いよね。
「きっかけは、やはりああいう方々でしたね。それまでは音楽自体を聴いてなかったですから」
 
■で、その後にラッパーを志す、と。
「高校のクラスメートのお兄さんがラッパーだったんですよ。RIP SLYMEのDJ FUMIYAさんに憧れてたから、最初はDJになりたかったんですけど、その人に会ったら『ラップ、やるっしょ?』って言われて、小心者なんでつい『ああ、ハイ』って答えちゃって(笑)。元々、あまり表にガッツリ出たがる性格じゃないんですけどね。で、そこからすぐ小節についてとか韻の仕組みだったりを毎週のように教えられて。そこから、『ラッパーなら取り敢えずライヴしなきゃ』って言われて、そこからまた色々とあり、春日部のクラブで初ライヴをしましたね」
 
■じゃあ、手探りでラップのメソッドを掴んでいったというより、最初からある程度分かった状態で始めていったんだ。
「子音と母音の仕組みとか、そういうことまで最初から教わりましたね。だから、今よりしっかりケツで韻を踏んでました。自分、ラッパーではMUROさんが好きで、永遠に憧れの人なんですけど、フロウだったりケツでしっかり韻を踏む感じは、完全にMUROさんからの影響でしたね」
 
■TK君の名前は、今回特集で取り上げさせてもらう面々の中では、個人的には一番昔からバトルで名前を見かけている気がしてるんだよね。
「自分は今27歳なんですけど、フリースタイルのシーンに関しては2005年『BBOY PARK』MCバトルぐらいがスタートですね」
 
■最初に出たMCバトルは何だった?
「同年代のラッパーでHEADSってヤツがいて、彼とは(現存するサイファーではなく、ビートボクサーの太華が仕切っていた)『渋谷サイファー』で知り合ったんですけど、彼が主催するMCバトルが新宿IZMってクラブであったんです。バトルのイヴェントというよりは、イヴェント内にMCバトルの枠があるという感じでしたけど。その時点ではフリースタイルを始めてまだ半年ぐらいだったので、『取り敢えず出てみよう』ということで出たんです。一回戦でバラガキ(BRGK)にボコボコにされましたね(笑)。彼が同年代の中で際立ってフリースタイルが上手かったし、曲もカッコ良かった。そのイヴェントはデイ ・イヴェントだったんですけど、自分はその夜に別イヴェントでライヴがあって、そっちのイヴェントでもバトルがあったんですよ。だから、初バトルが2連チャンだった。で、ふたつ目の方では準優勝したんですよね。だから、初めてのバトルは悔しさと嬉しさが入り交じった感じだった(笑)。負けをその日の内に挽回できたからか、『楽しい!』ってなっちゃいましたから、それで味をしめちゃったのかもしれないですね」
 
■どういった部分に楽しさを見出した?
「即興の言葉でやり合って、それを他人が評価するというところですね。『ライヴ/曲がヤバい』って言われるのもありがたいですけど、バトルは甲乙が付くし、それが快感だったのかもしれない。人生で、何かに勝つという経験がほとんどなかったから、『勝つってこんなに嬉しいんだ!』って」
 
■TKda黒ぶちというMC名はいつから名乗ってるの?
「ラップ始めてから一年後ぐらいに、TKっていう同名のラッパーが関西にもいるって訊いたので、黒ぶちメガネをかけてたからTKda黒ぶちにして。当時、黒ぶちメガネをかけてる人がラップしてたらビックリされたんですよ。本当に怖そうな人しか出てない中で、『え?なんであんな(普通っぽい)ヤツがステージに上がってるの?』みたいな感じで。だから、ハードコア的な人に対するアンチテーゼみたいな感じでしたね」
 
■確かに、TK君は相当なヘッズなのに、分かりやすくB・ボーイ然とした雰囲気ではないよね。
「地元が埼玉の春日部っていうところで、東京へは一時間半ぐらいで行けるからそんなに遠くないんですけど、地元に『東京ぶる』人が多いんですよ。それがナンセンスに感じて、『自分は春日部っぽくいよう』って(笑)。イナたいというか、田舎っぽさをキープしようっていう意識があったから、あまりB・ボーイ感を表に出さなかったのかもしれないですね」
 
■MCバトルは、大会を選ばないで基本的に何でも出るというスタンス?『UMB』はコンスタントに出ている印象があるけど。
「渋谷サイファーに行ってた時期に2005年『UMB』のDVDが出回ってて、その翌年から全国予選を大きくやるようになって、それで出てみたのが『UMB』に出たきっかけでした。『UMB』は、当時出ていたどのバトルとも空気感が違って、そのピリピリとした空気感の中で勝ち上がっていくのが快感で 、ヤラれちゃったんですよね。初めて出た『UMB』は2006年の水戸予選だったんですけど、GOCCIさんと当たったんです。K.O.D.P.が大好きだった自分は、MCが現場に集合したときから『うおっ、GOCCIさんいるよ!』って感じでしたね。で、GOCCIさんと当たったんですけど、三回ぐらい延長になったんですよね。結局負けたんですけど、自分のヒーローとそこまで渡り合えたのは嬉しかったです」
MC正社員「あのバトルで、TKのことを知った人は多いだろうね」
 
■キャリアを重ねるにつれて、ラップ/フリースタイルに対する考え方は変わってきた?
「自分、“早口”ってよく言われるんですけど、アレはただ緊張してるだけなんですよね(笑)。緊張すると言葉数が多くなる人みたいな感じがステージで出ているのが、そのままスタイルとして昇華されていったというのはあります。上がり症なんで、今でもバトル/ライヴの前は緊張してます。ラップを書くことに関しては、最近は特定の小節数に対してどれぐらいの言葉数やライム、間の置き方にこだわるということより、『言いたい言葉を必ず言う』っていうことを重視してますね。だから、1小節の中で言葉数がキツくなることもあるけど、詰めてでも言いたいことは言いたい。それも、“東京主流”へのアンチテーゼがトラウマとして残っているのかもしれない(笑)。『気取って作る』っていうのが自分の中で素直じゃない気がして」
 
■“センス”とか“グルーヴ”みたいなモノより……。
「そういうモノより、自分が言いたいことを小節の狭間で自由に語れることが、自分が感じてたラップの魅力なのかな、って」
 
 

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